今日の言葉

仕組まれた自由に
誰も気付かずに
足掻いた日々も終わる
この支配からの
卒業

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  # by ecru-societe | 2017-09-21 22:48 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ヒーロー戦隊

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見た事は無いんだが、アメリカ発のヒーロー戦隊ものは、日本のそれとは大きく違うと感じる。

アメリカ発のヒーロー戦隊。
いや! そもそも「隊」なのか?
それが分からないところがポイントだ。

日本のヒーロー戦隊だとこうなる。

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X MANと同じように、それぞれ特徴的な能力があるが、誰から見てもチームである事は理解出来る。

それがアメリカに行くとこうなる。

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見ていないから、正直、敵か味方か、善か悪かも分からない。

日本の環境も多様化を許容するようになった。
その恩恵もあり、モンスターペアレンツや訳のわからないのも増えたのかもしれない。

秩序が失われていくのか?
そう思わせる出来事もある。

でもどうなんだろう?
アメリカ発のヒーロー戦隊には一見すると秩序らしきものは見当たらないように思えるが、何か共通する正義の為か?共通する敵を倒す為か?お互いの個性を尊重して集まっているのだろう。

多様化し更に個性的に充実していったパーソナルが集まってひとつの社会や秩序を存在させるには、大きなビジョンや強大な敵など、大きな枠組みというか、そんなものが必要で、その更なる大きな枠組みの中で多様化が許されているのだろうか?

しかし、、、
アメリカ発のヒーロー戦隊は、日本のそれとは大きく違うと感じる。

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  # by ecru-societe | 2017-09-20 19:34 | 日記 | Trackback | Comments(0)

PRIDE

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PRIDE(プライド)って
もしかしたら、自信がないから湧いてくる感情?
自信のない人が、高飛車な表現をしたり自信を持ったプレゼンテーションをするのを目にすると、そんな事を考えてしまう。

きっと本来のプライドでは無いのだろうけど、表面上はプライドの高い人のように目に映る。

本来のプライドとは、自分の価値観などに誇りを感じているという事は、自分以外の価値観などを認める事が可能だろうから、上記のような表面化したりしない。

いつも、本当の事は目に映らないものだ。
目にする事、目立っている事、わかりやすい事には、ウソが潜んでいる臭いがする。

高飛車な表現をしたり、自信をプレゼンテーションするような人を、プライドの高い人と評するけど、それは少し違う。

正しくは、プライドを持ちたい人だ。



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  # by ecru-societe | 2017-09-17 23:18 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ただ粛々と

「運命」を信じるか?信じないか?
「信じない!自分の思い通りにならないのは嫌だ!」

よく聞く話。
どっちにしろ、粛々と自分のできる事をし続ける。 ただそれだけ。

自分のできる事をせず、人のせいにしている。
そんな状態を「運命」とかって言葉で表現する輩。
そんな輩の話は聞くだけ時間の無駄。
どっちにしろ、粛々と自分のできる事をし続ける。 ただただそれだけ。

肩の力を抜く事は、とても大事。
脱力する必要がある。
でも、それは流される事とは違う。
なぜ脱力するのか?
あらゆるスポーツは脱力する練習をする。
それが脱力する理由。

理由が分かった?

脱力は効果的に力を発揮する為。
例えば野球。
バットで飛距離を稼ぐには、脱力していてボールがバットに当たるその瞬間にMAXの力を瞬時に込める必要がある。
脱力は効果的に力を発揮する為に必要不可欠なのだ。
決して身を任せて流される為ではない。
むしろ逆に、捉える為だ。

「運命」があるか?ないか?はわからない。
ただ、流されて生きて行くのは違う。
粛々と自分のできる事をし続ける。
それが生きるという事だと思う。

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  # by ecru-societe | 2017-09-15 23:45 | 日記 | Trackback | Comments(0)

真実

「学生時代に勉強しとけば良かった」
決め台詞のように言うけど、本当にそう思ってる?
もし本気でそう思うなら、今からすればいいのに、今は今で「社会人は忙しいから」とか言って結局しないんだろう?
だからあなたは勉強なんかずっとする気がないし必要性なんか本気で感じていないんだよ!って言ったらキレ気味に「感じてるわ!!」と言われる。

どうして人って「Wants」と「Needs」を区別できないんだろう?

きっとカタチにとらわれているからかな?
それとも人のせいにしていたいからかな?
自分のことなんか知りたくないからかな?

まぁいいか!

そうじゃない人の力になれるように、探偵や刑事や記者や尾崎豊がそうであったように、僕は真実をいつも探していよう。

なぜなら、真実(Needs)を探し続けている人は、きっと大変だから。

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  # by ecru-societe | 2017-09-11 23:04 | 日記 | Trackback | Comments(0)

居場所

それは、記憶を辿れば幼稚園の頃から。
どこにいても自分の居場所はここではないと感じていた。

千里第二小学校
片桐西小学校
矢田南小学校
阪神受験研究会
山本塾
転校しても学校が変わっても、友達が変わっても・・・
間違ったパズルのピースを無理矢理押し込めてはめ込んだような違和感を持ち続けていた。

それはきっとずっと続く。
学生時代を終え、社会人となってからも。
結婚して自分の家族を持ってからも、その違和感は消える事がなかった。

でも今は、その違和感を感じなくなった。
と言うか、感じていない事に昨日の夜、気付いた。
そして解った。
探すべきは居場所ではなく、自分自身だったって事。

自分を知って自分らしくいれば、何処にだって居場所(環境)はある。
違和感は消える。

完全とか絶対は存在し得ないかもしれないけど、比較的、違和感を覚える周期がロングスパンになったり、強さが抑えられたりと、薄れていくのだと思う。

とにかく
探すべきは「居場所」や「環境」などではない。
外に目を向けていては、いつまでも違和感は拭えない。
探すべきは「自分自身」
内側の目を凝らす必要がある。

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  # by ecru-societe | 2017-09-10 08:12 | 日記 | Trackback | Comments(0)

「あんしん」「満足」「誇り」

音楽。
皆さん日常の中で、意識したり、もしくは無意識のうちに耳にされていることと思います。

僕は音楽が好きで、自分でも演奏したりします。
昔は友人と音楽活動をしていて、作詞や作曲、編曲などもしていました。
今でもたまーーーーに頼まれると作曲したりします。
と言っても趣味の域を超えず、自分達で楽しむ程度です。

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趣味とは言え学生時代から音楽活動をしてきたので、例えばテレビやラジオから流れてくる音楽を耳にした時、もしかしたら一般的な方より受信する情報量は豊富かも知れません。

その情報量の多さから、その音楽の作意への理解は深くなるのかも。

また、仕事上、感覚的に捉える必要がある局面が多いこともあり、音楽を理論抜きに感覚で捉えることも出来ます。

一般的な音楽の聴き方(正しい音楽の聴き方?)は、この方法、感覚的に聴くことが多いと思いますが、僕の場合、仕事上、感覚を研ぎ澄ませる必要があるタイミングがある為、この感覚的に音楽を捉えることに関しても深みがあるかも知れません。

むしろ理論的な捉え方は、この感覚的な捉え方の裏付けだったり、人に説明する時のアイテムだったりに過ぎないと感じる時もあります。

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例えばうな重を食べる時。
視覚や嗅覚、そして味覚や触覚など感覚を駆使してで味わっています。

醤油がどうで、みりんがどうとか、炭はどこどこ産で米の栄養素の配分は・・・何てことは、味に殆んど関係なく・・・もし情報を得ることが出来たとしたら、「やっぱり!だから美味しかったんだ!!」って裏付けに過ぎないと思いませんか?

知識とは、感覚の裏付けなのかも知れませんね!

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僕の仕事は、お家を設計したり(図面を描いたり)建てたり(工事をしたり)することです。

その仕事の中で当然図面を見る機会が多いのですが、そこで思うことがあります。

僕はプロフェッショナルなので、図面から得る情報は非常に多いです。
もちろん自分が図面を描く時には、非常に多い情報を図面に盛り込みながら描きます。

その為、自分以外の方が描かれた図面を観ると、作意はもちろんのこと、熱意の度合いや環境など、背景まで図面から捉えることが出来ます。

それはちょうど音楽を聴くのに似ています。

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図面はどちらかと言うと音楽に比べ論理的にメッセージを伝えるツールなのかも知れません。
それでも感覚的に感じられる何かも確実に存在しています。

「何か違う」
「何かわからないけど、ワクワクする」

図面を観た時、そう感じたら、まさにそれがメッセージかも知れませんね!

そう感じさせるのが「何」ってことを知るには知識が必要で、リアリティを増すにはその知識に深さが必要です。

感覚を裏付ける。
そのことが「あんしん」「満足」「誇り」につながるのかも知れませんね!



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  # by ecru-societe | 2017-08-26 08:21 | 日記 | Trackback | Comments(0)

間違いのない選択とは?

百八つあると言われる煩悩を、全て払拭した状態での直感は、きっと間違いの無い選択なんだと感じる。

学問や知識は、その選択の意味を理解したり裏付ける為なのではないかと思う。

選択はいつも自分を表現したモノ。

「そんなの、聞いてないよ!」
「教えられていない!」
とか言って、自分の選択の結果がイメージと違う事を人のせいにしたところで、本当は最も自分自身を表現している。

無知も、そのクセ自身の力以上に得をしたいと思う欲深な気持ちも、人のせいにして自分で責任を負わない無責任さも、選択にはちゃんと反映されている。

選択は自分自身だ!

だから間違った選択などそもそも何処にも存在しない。
とは言え後悔の無い選択をと考えるなら、方法は3つある。

1つ目は抜け目の無い知識を身につけることだ。
知識はある意味では効果が見えやすい、つまりは身につきやすい力。

2つ目は煩悩を全て払拭し、感覚を研ぎ澄ませること。
曇りなき心で感じる直感は、これ以上正しい選択はない。

3つ目は、その両方を得ること。
一見、根拠が無いように思える自分の感覚を信じきることができるのは、もしかすると難しいと感じる人もいるかも知れない。
また、煩悩を全てを消し去ることも、とても困難なこと。
そこで知識をつけることで感じた直感の裏付けとなったり、バックアップになり得たりするだろう。

選択は自分自身。

間違いのない選択とは、間違いのない自分自身に成長するしか、他にない。

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  # by ecru-societe | 2017-08-20 18:27 | 日記 | Trackback | Comments(0)

自分を諦めるな!

人のせいにして、自分が努力をしなくていいように済ませる。
そんな気は無いと、きっと言うだろう。
でも結果は同じ事。

「あの人は、何を言ってもムダな事」
そう言って従うでもなく、反論したり代案を提案したりもしない。

相手を諦めた様に見せかけて、本当は自分を諦めている。
自分を諦めているなら従えばいいのに、それもしないから、相手を諦めたかのような立ち位置で(人のせいにして)ごまかしている。

そう言うのを卑怯という。

自分を諦める必要は無い。
なぜなら、自分を知り尽くしている人を見たことが無い。
つまり、諦めるだけの十分な情報を得た人に会った事が無い。

先ず、己を知れ!
きっと相手より優れたポイントがある。
相手が「なるほど!」と感じられる何かを掴めるハズだ!

相手を諦めたふりをして、自分を諦めていては、自分を知るチャンスを逃しているに過ぎないと知れ!

決して自分を諦めるな!

人のせいにするな!
人の力をかりるな!
「みんなが言ってるよ!」
などと数を数えるな!
そんな暇があるのなら、もっと自分を探せ!

決して自分を諦めるな!

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  # by ecru-societe | 2017-08-15 23:37 | 日記 | Trackback | Comments(0)

信じた理由。

例えば
大学教授などその道の専門家が話す事より、身近な友人の言葉を信じたり。
例えば
テレビで言ってた事は正しいと思ったり。
身近な人の意見より、初対面の占い師の言葉の方が、信ぴょう性が高かったりと、人が何を信頼性のモノサシにするのかは、あまりにもナゾめいていて解明は不可能。

ただ思うには、論理的では無いその人の感覚的判断によるものと感じる。
例えば、言葉にすると「運命」みたいなものだろうか?
何かに引き寄せられる感覚の決断の様に観て取れる。

「信じる」とは、本来、理解や理論に基づかない、感覚的な意味が強い言葉だったり、「祈り」に近い精神性によるものだと感じる。

だから、信頼性にモノサシがあったり、解明できる様なものでは無いのは、ある意味、当然の事なのかもしれない。

だとしたら、重要な事は、、、
論理的では無いその選択と言うか、信じた道を、論理的に考える事無く、ただ単に自分の道を信じ続けさえすればいいのだと思ったりもする。



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  # by ecru-societe | 2017-08-08 18:40 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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