シリーズ うちの次男と長女
次男と長女がお兄ちゃんに泣かされたらしいのです。
どうして泣いたのかを次男と長女に聞くと
「ゲームをしてたのに取り上げられたから」 わかな・げんや
『では問題です。お兄ちゃんはなぜゲームを取り上げたのでしょうか?』
『1番。お兄ちゃんは心に病気があって、人を傷つけてしまうから』
『2番。わーちゃんやげんちゃんに「こうやって進めばうまくいく」という事を教えたかったから』
『3番。何度も「変わって!」と言っているのに一行に変わってくれそうにないから』
『どれ?』
そう聞くと、どうやら答えは2番だったそうです。
『わーちゃんとげんちゃんはクリアーをしたかったんじゃなくて、自分で進むことを楽しみたかったんやね』
『だからお兄ちゃんのクリアの仕方の説明はいらなかったんやね』
『だったら泣かずにそう言わなあかんよ』
『あと、もうひとつ』
『わーちゃんとげんちゃんは、お兄ちゃんがおしめを変えてくれたことがあるのを知ってる?』
「知ってる」 わかな・げんや
『わーちゃんがいることでお家のみんなが楽しくなったり、げんちゃんがいることでお家に絵が飾られたり・・・わちゃんやげんちゃんがいることでみんなが助かってることっていっぱい有るけど、それと同じようにお兄ちゃんがいる事でも色々わーちゃんとげんちゃんが助かってることって有るんじゃないかな?』
『それにおしめを変えてくれたってことは、わーちゃんやげんちゃんがお兄ちゃんに同じお返しが出来ないでしょ。お兄ちゃんもうおしめしてないし』
「中学生でおしめしてたらおかしいやん:笑」 わかな
『でしょ! だからお兄ちゃんにはお返しできないお世話になってるって事だけは覚えておいてな』
「わかった」 わかな・げんや
お兄ちゃんにはシッカリ兄弟とコミュニケーションをとり、感情的になる前にバランスさせるようお願いしました。
人はお世話になっている時は、きっとその事に気付かないでいたりするんでしょうね。
わたし自身も福井へ来た頃、自分のことで必死で・・・(今もですけど:苦笑)
『わたしがこんなに苦労をしているのに、家内は協力的ではない・・・でも、自分のことは自分ですべきことで家内にそう求めることが正しくないことだ!』
そう自分に言い聞かせながら過ごしていました。
でもこの考え方の半分に間違っている点があることに気付きました。
それは『わたしがこんなに苦労しているのに』と言う点です。
当時は『わたしだけ』という感情があったのだと思います。
しかし、一緒にいる以上、『わたしだけ』なんてありえません。
確かに重心が動き、加重のバランスが一方によったりする瞬間はあるかも知れません。
でも、家族です。
何も影響しあわないで存在することの方が難しく、現実的ではない。
わたしがしんどい思いをしていたら、家族もしんどい思いをしていたのは、容易に想像のできることです。
知らず知らず、おかげさまなんですね(笑)。
by ecru-societe | 2010-04-03 10:32 | 家族・地域 | Trackback | Comments(0)