2017年 11月 28日 ( 1 )

 

イビキ

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一番強く想ったのは、ふっとするとどこか淋しそうな顔をみせる彼女を元気付けたいとか、尖った心を癒してくれる君に出逢う為に生まれてきたって事で・・・

そんな気持ちの中、想いが届いて一緒になれたのだから、これ以上の仕合わせは無いとその瞬間は知っていたはず。

しかし間違いや勘違いも確かに存在はする。
いや、間違いでも勘違いでも無い。
実は、自分を余りに知らなかったりするところにポイントがある。

自分を理解する必要は、実は無い。
自分を感じる事の方が、実は重要だ。
でも、自分を探し始めてしまったら、理解を深める必要が出てくるのかも知れない。

子供の頃。
つまり社会性が著しく乏しい頃。
その頃とても気があう異性の顔を卒業アルバムでみて「こんな顔だったっけ?!」と感じた事は無いだろうか?
僕にはある。
それは社会性が感覚を変形させた証拠だと僕は考える。
「コイツと仲が良いと、周りからどう思われるだろう?」
そう考える感覚が無かった時と生じた時の変化が、見た目の印象を変化させた結果だと考えるからだ。

社会性が著しく乏しい頃に愛しく想った人と一緒なるのは、とてもうまい選択(?)ストーリー(?)だと思う。

でも、そうでは無く、社会性が育まれ始め、人の目も意識出来るようになってきてから好きだと感じた人と一緒になる場合は、自分を出来るだけ正確に冷静に知る必要があると僕は感じる。
そうでないと、自分から遊離した分だけ、周りの方々にご迷惑をおかけする事になるし、何より自分もぼろぼろになるかも知れない。

ところが自分を知らずとも、周りの方々にさほどご迷惑をおかけしないで済み、自分もぼろぼろにならずに済む方法はある。
それは先ず親の意見を聞く事だ。

親は自分が著しく社会性に乏しい頃から自分の事を知っている数少ない人の一人だからだ。
もちろん、人の観る目のない親も存在するから、完璧な策では無いが、可能性は高い策ではある。

以上を踏まえて生涯を共にする伴侶を得たら、ラブラブな毎日が永遠に続くか?と言われると、それはそうでは無い。

可愛いと思っていたイビキは、当然うるさく感じるようになる日もあるし、か弱く守ってやらなきゃと思った彼女もたくましくなる。

でも思い出してごらん。
一番強く想った事は、何だったっけ?

ふっとするとどこか淋しそうな顔をみせる彼女を元気付けたいとか、尖った心を癒してくれる君に出逢う為に生まれてきたって事を強く想った事は、決して忘れないで!

たくましくなった彼女も、人間だもの、淋しいと感じる日はあるはず。
ある意味、癒すどころか尖らす事もあるかも知れないけど、たくましくなった彼女に救われる事もある。

そもそも、最も強く想い願った事は、愛しい人の傍にいる事。
そして共に歩む事。

傍に居てくれるだけで、既に充分仕合わせなんだ。
にしても・・・イビキで眠れず、目が冴え筆が進む。。。



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  by ecru-societe | 2017-11-28 00:03 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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