カテゴリ:日記( 1374 )

 

イビキ

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一番強く想ったのは、ふっとするとどこか淋しそうな顔をみせる彼女を元気付けたいとか、尖った心を癒してくれる君に出逢う為に生まれてきたって事で・・・

そんな気持ちの中、想いが届いて一緒になれたのだから、これ以上の仕合わせは無いとその瞬間は知っていたはず。

しかし間違いや勘違いも確かに存在はする。
いや、間違いでも勘違いでも無い。
実は、自分を余りに知らなかったりするところにポイントがある。

自分を理解する必要は、実は無い。
自分を感じる事の方が、実は重要だ。
でも、自分を探し始めてしまったら、理解を深める必要が出てくるのかも知れない。

子供の頃。
つまり社会性が著しく乏しい頃。
その頃とても気があう異性の顔を卒業アルバムでみて「こんな顔だったっけ?!」と感じた事は無いだろうか?
僕にはある。
それは社会性が感覚を変形させた証拠だと僕は考える。
「コイツと仲が良いと、周りからどう思われるだろう?」
そう考える感覚が無かった時と生じた時の変化が、見た目の印象を変化させた結果だと考えるからだ。

社会性が著しく乏しい頃に愛しく想った人と一緒なるのは、とてもうまい選択(?)ストーリー(?)だと思う。

でも、そうでは無く、社会性が育まれ始め、人の目も意識出来るようになってきてから好きだと感じた人と一緒になる場合は、自分を出来るだけ正確に冷静に知る必要があると僕は感じる。
そうでないと、自分から遊離した分だけ、周りの方々にご迷惑をおかけする事になるし、何より自分もぼろぼろになるかも知れない。

ところが自分を知らずとも、周りの方々にさほどご迷惑をおかけしないで済み、自分もぼろぼろにならずに済む方法はある。
それは先ず親の意見を聞く事だ。

親は自分が著しく社会性に乏しい頃から自分の事を知っている数少ない人の一人だからだ。
もちろん、人の観る目のない親も存在するから、完璧な策では無いが、可能性は高い策ではある。

以上を踏まえて生涯を共にする伴侶を得たら、ラブラブな毎日が永遠に続くか?と言われると、それはそうでは無い。

可愛いと思っていたイビキは、当然うるさく感じるようになる日もあるし、か弱く守ってやらなきゃと思った彼女もたくましくなる。

でも思い出してごらん。
一番強く想った事は、何だったっけ?

ふっとするとどこか淋しそうな顔をみせる彼女を元気付けたいとか、尖った心を癒してくれる君に出逢う為に生まれてきたって事を強く想った事は、決して忘れないで!

たくましくなった彼女も、人間だもの、淋しいと感じる日はあるはず。
ある意味、癒すどころか尖らす事もあるかも知れないけど、たくましくなった彼女に救われる事もある。

そもそも、最も強く想い願った事は、愛しい人の傍にいる事。
そして共に歩む事。

傍に居てくれるだけで、既に充分仕合わせなんだ。
にしても・・・イビキで眠れず、目が冴え筆が進む。。。



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  by ecru-societe | 2017-11-28 00:03 | 日記 | Trackback | Comments(0)

シアワセって何だっけ? ポン酢醤油のある家さ!

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「夢」が叶わない事は、珍しくない。
「想い」が届かない事も、珍しくない。
「評価」はされず、「理想と現実は違う」と口にする人は少なくない。

でも、本当にそうなのかな?
そうでは無いと思う理由が以下にある。

ひとつめは、人の欲望は限りない事。
願いがひとつ叶っても、また新たな願いを神様に願い出る。

またふたつめは、人は自分のニーズを正確に自覚出来ていない事。
例えば、「どうして働いてるの?」って聞くと「生活する為(お金の為)」と言いながら、お金を受け取っても不満を口にする。
「(働くのは)お金の為だけじゃない!」と言いながら、じゃあ何の為に働くのかは、正確に伝えられない。
伝えられないのは、把握(理解)していないからだ。
理解出来ない矛盾や苛立ちを、人は他人のせいにする。
そして不満を口にする。

人の欲望は限りない。
それと、明確でないニーズは変化し続ける。
その事が「夢は叶わない事の方が多い」とか「理想と現実は違う」と言わせているのだと思う。

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僕は、、、
先ず、「夢が叶う」とか「叶っていない」とか考えている余裕が無いのか?
そんな事も言ってられ無いのかもしれない。
だけど、「想い」はずっと持ち続けていて、消える事は無いなぁ〜。

あと僕は、、、
独りが淋しいと思うようになった “ teenage ” の頃から、「一緒にいたいなぁ」との感情が、今、満たされている事を実感し続けている事ほど、本当に仕合わせな事は無い。って。

きっと全ての人が、最も求めていて、何度得てもいずれ得た事を忘れてしまい次の欲望を追加し続ける度、満たされた気持ちを気付かず削っていく自然な流れを、僕は時間を四半世紀近くもかけたおかげで、チョットやそっとでは風化しないモノを得た。
その事で「夢は持ち続けるモノ(鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス)」と信じて疑わない事も僕の財産かもしれない。



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  by ecru-societe | 2017-11-25 23:25 | 日記 | Trackback | Comments(0)

「絶対」

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熱狂的な信者が、陥ってるのは「絶対的感覚」
絶対は存在し得ないかも知れないと思うが、彼らにはそうは思えないようだ。
とは言え人は、視野の狭い時には熱狂的な信者になったり、絶対的感覚を持つようだ。

修行が足らず迷惑だと感じてしまうのは、その「絶対的感覚からの産物」を押し付けられる時。
「絶対良いから」とか言って価値観やサービスなどを押し付けられる瞬間だ。

アイデンティティが存在しない人や決められない人、責任を負いたくない人にとって彼らは救世主なのかも知れないが、そもそも僕の場合は「絶対」って言葉を使われると、その時点で親近感を喪失してしまう。
言葉や表面には、とらわれてはいけないのだけど・・・

自分の「良い」、彼らの「良い」が存在するのなら、相手や他人にも「良い」が存在する。
どれひとつとして同じでない、それぞれの「良い」が存在する事を、「絶対」との言葉を頻繁に使う人は知らない。 いや!知れない。

本当はもっと複雑なんだ。

シンプルで分かりやすい事も価値だけど、それも絶対ではない。
という事は、彼らの言い分や行いが絶対で無いのと同時に、絶対否定させるものでも無い。
要するに(迷惑だと感じるのは)修行が足りないという事は確かだ。。



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  by ecru-societe | 2017-11-13 23:47 | 日記 | Trackback | Comments(0)

単なる入れ物

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大切なコトは、目には見えない。

砂漠が綺麗なのは、砂漠のどこかに井戸があるからだよ。
星が綺麗なのは、星に花が咲いているからだよ。もちろん、花は見えないけど。
家でも、星でも、砂漠でも、それを美しくしているのは、目に見えないものなんだね。
いまぼくが見ているのは、単なる入れ物に過ぎない。本当に大切なものは、この中に入っている目に見えない何かなんだ。

星の王子さまのフレーズ。

大切なのはカタチじゃない。
目に映らないココロにある。

★ ★ ★

僕と妻は、高校の同級生。
同じ卒業アルバムが、我が家に二冊ある。

僕は、高校一年生の時、担任の今村先生に、親が希望している志望校(大学)を伝えた結果、部活をする事を許されなかった。

仕方なく、そうやって部活を許されなかった人たちを集め、野球チームをつくり甲子園に出場する様な強豪チームと軟球で試合を申し込んでは、大阪城公園などで野球をしていた。

しかし、この有意義な活動は、卒業アルバムにも内申書にも載っていない。

それに比べ、妻は卒業アルバムにたくさん登場する。
僕が入りたかったバスケ部に所属し、部活動に励んでいた。
また生徒会などにも参加、その為、たくさんアルバムに登場する。

★ ★ ★

アルバムや内申書にも載っていないが、載っていない人も同じ様に時間を過ごした。
同じかどうかはわからないけど、同じ時間は確かに流れた。

大切なコトは、その同じ時間の過ごし方や、その間でどんな事を感じ、考え、行動してきたのか?もしくは行動してこなかったのか?
とにかく目に映らないところにある。

★ ★ ★

僕は家を建てる仕事をしている。
かれこれ二十年以上この仕事をし、大学で学んでいた時間も加えると四半世紀を超える。

そんな中、想いを家というカタチにしてしまう侘しさの様なモノを感じた時もあった。
カタチにした途端、想いとは遊離すると言うか・・・そもそも想いをカタチに出来切っていないと言うか・・・何か虚しい感情を覚えた時期があった。

しかし今は違う。
想いはカタチにし続けなければ意味がないと思う。

★ ★ ★

妻は卒業アルバムにたくさん登場する。
偉いと思う。
もちろん大切なコトは、目に映らないところにある。
サン・デグジュペリにいたく共感する。

ただ今は思う。
その目に映らない大切なコトを、目に映ったり耳に届いたりする様、表現しなきゃいけないと。

その表現は、いつも拙くて、いつも大切なコトに足りていない、届いていないと感じるけど、それでも少しずつでも足りていける様、近付ける様、表現に磨きをかけたいと思う。

★ ★ ★

妻は卒業アルバムにたくさん登場する。
僕の高校生活は知る人ぞ知るモノで、紙などに記載はされていない。



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  by ecru-societe | 2017-11-09 20:49 | 日記 | Trackback | Comments(0)

自信とは

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「磨き上げられたたぬき」の特徴には、空虚な自信があると言う(新動物占いより)。

「自信を持つ」
「自信をつける」

自信って言葉に、僕は違和感を覚える。
「自信がある」って言うことは、自信の無さを振り切ると聞こえたりもするからだ。

自信とは、持ったり付けたりするもんじゃ無いと思う。
ましてや有ると自覚するものでも無いと感じる。

自信は存在しない。
只々、受け入れるって事だと思う。
もちろん、何も行動を起こさないで現象を受け入れると言うこととは違う。
自分の出来ることを只々粛々と続けて、その先に起こってくる出来事を受け入れる。
そうした態度が、他の人から観た時に、自信を持っているように映るっているに過ぎない。

自信など、自覚していた時は大抵おかしな状況だと思う。
ちょうど恋しているような感じ。
クレイジーな状態の場合が多いと感じる。

「自信」とは、努力し結果は受け入れるといった状態を、他人が観た時の感想で、決して文字の通りのような自発的なものでは無く、受動態的言語なんだと思う。



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  by ecru-societe | 2017-10-29 00:47 | 日記 | Trackback | Comments(0)

楽しい気持ち

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とても、ありがたい。
そう思う。

とても楽しかったね!
とても気持ちの良い一日だったね!
本当にそう感じていたら、もしかしたら・・・
周りの人たちの大きな努力
時にはムリを強いられるようなお力添えのおかげの上に実現しているのかも?
甘えていたのかも。。。

でも、そこは甘えておいて、楽しい時間をいただいて、今度は僕が出来る僕の持っている力で、楽しい時間をお返し出来れば良いのだと思う。

そうやって得意な事でお返しをし合えれば、ドンドン楽しくなって、シアワセな気持ちが増幅していけばいいなぁ〜。



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  by ecru-societe | 2017-10-24 00:01 | 日記 | Trackback | Comments(0)

story

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僕が観てきた
僕が感じてきた
四半世紀に及ぶこの時は

きっとどんなに言葉にしても
もっと上手に表現しても
やっぱりそれは僕だけの物語で
きっと同じに誰かに届く事は無いだろう

だけど・・・
同じ季節の
時には同じ風景
それぞれの瞳に映る同じ時代の中で
それぞれが観て感じてきた
それぞれの経験のもと
僕の物語を想像して聞いてくれたら
もしかしたら触れられそうなぐらい
感じてもらえるさわりもあるのかもしれない

僕が観てきた
僕が感じてきた
この四半世紀に及ぶ時の流れ
それは僕だけの物語

決して淋しくはないよ
今は傍に君がいる
傍にいなくても感じてきた
それが今は手が届く
触れられる現実

君と観て君と感じていくこれから先の時
きっと同じではないけど
ずっと傍にいる

同じ必要はないよ
同じじゃないからいいんだ
僕だけの物語
君だけの物語
これからの物語



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  by ecru-societe | 2017-10-22 01:56 | 日記 | Trackback | Comments(0)

雑音(ノイズ)

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たまにはテレビとネット、様々なノイズを消して、自分のための自分でありたい。
そう発信する事も、ノイズになっちゃうのかも知れないけど、雑音を消して自分を見つめ直す時間を持ちたい。
そんな風に、思いませんか?



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  by ecru-societe | 2017-10-14 11:27 | 日記 | Trackback | Comments(0)

必要なモノ

無駄なモノなど存在しない。
そんな風に言う聖人もいるけど、僕は毎朝、郵便受けの中から取り出した郵便物の9割を見ずにゴミ箱に入れ、パソコンを立ち上げると来ているEメールの9割を見ずにゴミ箱に入れる。
つまり、朝は、9割の僕にとって無駄モノをゴミ箱に移す事からスタートする。

もちろん、僕の捨てた9割のモノを必要としている人もいるから、毎朝、存在しているのだろう。
でも僕にはやっぱり不要なモノだ。

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不要なモノと言うと・・・

僕は今まで福袋を買った事が無い。
欲しいと思った事は一度も無いし、正直な話をすると、買う人の気が知れない。

世の中は9割無駄なモノで出来ている。
大切な1割をその中からやっとの思いでさぐり当て、大事に大事に、そうしようと思ってるのに、また訳も解らないモノに、それも正月早々お金を出してまで、また不要なモノを増やすなんて・・・僕には理解出来ないからだ。

きっと僕は、決してマジョリティでは無いんだ。
だから9割の郵便物を見ずに捨てるんだ。。

そして僕は、きっと自分を失いたく無いんだ。
だから1割の大切なモノを大事にするんだ!

PS
僕は今朝も9割の郵便物をゴミ箱に移す。
あなたの郵便物
どうでしたか?
全て必要なモノでしたか?



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  by ecru-societe | 2017-10-10 22:56 | 日記 | Trackback | Comments(0)

「卒業」しなきゃいけない事

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ダスティン・ホフマンの卒業。
淀川長治さんの日曜洋画劇場で観た当時は、劇的なハッピーエンドに「良かったぁ〜!」と深く安堵したのを覚えている。

でも歳もある程度とった今となると、そんな事をしてその後、ちゃんと幸せになれたのか?とてつもなくイバラの道だっただろうなぁ〜と、名画を台無しにするような現実的な事を考えてしまう。

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ただ、もう一つ思う事もある。
そのもう一つとは・・・

まことしやかに語られている「一番好きな人と結婚すると幸せになれず、二番目に好きな人との結婚が幸せの秘訣」と言う事。

そもそも一番とか二番とかって、どうやって決められるのか?
ありがちなのは、「憧れの人」と「現実的な良い人」
でもやっぱり、生涯で一番好きな人か二番目に好きな人かなんてどうやって言えるのだろう。

誰がどの様に
調べたのか?
シミュレーションしたのか?
願いなのか?
言い訳なのか?
それすら解らないけど、幸せになるとかならないとか・・・

「一番好きな人」と感じさせるポイントは、劇的な体験や運命的な出来事なのかもしれない。

そう言う意味では、ダスティン・ホフマンの卒業の様な経験は、きっと劇的で運命的なので、「一番好きな人」とのイメージは焼き付けられるのかも。

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焼き付けられる
焼き付けられない
一番
一番でない

そんな事が問題では無いと思う。

相互に
例えば運命を受け入れ続ける事
例えば一番と信じ(思い)続ける事
何かそい言った事が重要で・・・

もちろんその事が難しい事は承知だが、難しいからこそ、一番とか二番とか悩むのではなく、劇的とか運命的とか刺激に目を奪われる事なく、静かに「信じる」や「受け入れる」といった意味を見つめ直し続ける事が重要なんだと思う。

PS
本当に一番の人に出逢ったら、実は二番など存在しない。
一番と、後はどれでもさほど変わらない並みの人達(73番?)が存在する事を、皆さまのご支援・ご協力あって僕は知っている。



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  by ecru-societe | 2017-10-09 18:27 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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