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選択

b0097729_951265.jpg今日はこの話題に触れずにはいられないだろう。

昨日は歴史的な1日となった。

大きな変化に繋がるかも知れない1日となった。


何かを得れば、何かを失う。

何を得て、何を失ったのか?


マクドがあるからモスがある。
マクドが良いとか悪いとか、モスが良いとか悪いとか、そんな問題ではない。
個人の選択として好みはあるが、良し悪しとして存在しているわけではない。

だから、自分を表現するとき
「マクドはこんなことが出来てません!モスはその辺はキッチリとしています」とか
「モスは本当に消費者のことを考えているのでしょうか?マクドにこそその責任を果たすことができます!」
などと表現することは相応しく無い。

何かを得れば、何かを失う。
要するにそれぞれの選択があるだけで、善悪ではない。



今回の選挙戦。
与党だった党までもが相手の批評や風評を露骨に流していることに驚いた。

これが何かを得て、何かを失った結果なのか?
国民は日本人として何が必要だと思っているのだろうか?
どんな日本人像が好きなんだろう?

それも含めての今回の選択だったのか?
顕在的には意識はしていないかも知れないけど、潜在的には選択したのだろう。



誰かを悪くして自分を正当化する。
そんな表現は、ちょっと残念に思う。

人を使い捨てない世の中であって欲しいと思う。
そんなことを言ってるわたしは、摂理に反しているのだろうか?
人はみんな役割があり、それを果たすと消え行くものなんだろうか?
そうかも知れない。

だからこそ自らが変化し続け、必要とされ続けるようにならないといけないのだろう。

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  by ecru-societe | 2009-08-31 09:48 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ドライカレー

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今日は家族サービスでわたしが夕飯をつくりました。

メニューはドライカレー。

美味しかったけど、辛いものが苦手な長男はがんばって食べてました(笑)。

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  by ecru-societe | 2009-08-30 00:00 | | Trackback | Comments(0)

デザイン

「デザイナーにデザインをお願いする」

この言葉の意味が分からない人はいないと思う。
でも、この言葉の意味はわたしにとっては難しい。

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「デザインをする」ってことは一言で言うと「共感する」って言葉に近いと思う。

誰と誰が共感をするかと言うと、先ずはクライアントとデザイナー。
クライアントの要望をカタチにするのがデザインだが、そのカタチになることを当たり前だがデザイナーが「そうでなきゃダメだ!」って心の底から思えるかどうかが重要だと思う。
逆も然り、デザイナーがカタチにしたモノ(提案したモノ)に対しクライアントが心の底から「そうでなきゃダメだ!」って思う必要がある。

「デザイナーが言うから・・・」
「クライアントが言うから・・・」とどちらかが折れてカタチにするのはデザインではない。

だから、「デザインをする」ってことは「共感する」ってことだと思う。

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このことは結構誤解されていると感じる。
いや。 デザインと一言で言っても色々あるから誤解とまで言うと御幣があるかもしれない。
しかし、少なくともエクリュが考えるデザインは「共感する」と言うことだと考えている。

だから、デザイナーに任せておけばいいモノが出来てくるだろうってのはありえないし、デザイナーが決めたからそうしなきゃいけないってコトもありえない。

先ずはクライアントとデザイナーの共感から始まる。

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「デザイナーにデザインをお願いする」

この言葉の意味はいろんな意味がある。
ただ、デザインは共感を生むためにあるもの。
デザインはコミュニケーションである。
誰にも理解されないデザインなんて存在しない。
なぜならデザインはクライアントの想いをデザイナーが共感しカタチにするところから始まるからだ。

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  by ecru-societe | 2009-08-29 15:39 | Écru Société | Trackback | Comments(0)

HP(ホームページ)の役割

ホームページを広告や宣伝だと思っている人が少なくないと感じる。
もしかしたら、そういったホームページのあり方もあるのかも知れない。

でも、エクリュはそうは考えない。
ホームページはサービスだと思う。

受け手が必要な情報が入手できるところがホームページだと思う。



どんなことでもそうだが、一貫性が必要だ。

ホームページがサービスだと考えるエクリュだから、全てのサービスの方向性や関連性など一貫されている必要がある。

しかし、例えばホームページを作成してくれる方、内覧会の広告を作成してくれる方、内覧会の案内をしてくれる人、打合せをする人、図面を作成する人、現場を管理する人、建物を建てる方などなどそれぞれのフェイズでサービスをする人や会社が変わる。
住宅を設計し、施工し、メンテナンスする部分などに関してはエクリュにノウハウがあり、一貫させていくことは比較的容易ではあるが、それ以外の部分(アウトソーシングしている部分、例えばホームページの作成など)に関してはノウハウ自体がエクリュには少なく、マネジメントすることが難しい。

大企業の場合、サービス全体のディレクションをお願いすることは珍しくはないが、エクリュの場合はノウハウがないなんても言ってられず、微力ながら自分達で検討していかなければならない。
とはいえ、検討するのは楽しいのだけれど(笑)。



色々な方々のお力を借りて、エクリュを知っていただくために行っているサービスは今のところ以下のような内容などがある。

1.ブログ (ここではエクリュのことはあまり出てこないですけど・・・)
2.構造説明会 (スペックなど基本的な考え方をご紹介)
3.内覧会 (お施主様の想いでカタチになったお住まいを観ていただく)
4.会社案内 (読んで字のごとく、会社の案内:笑)
5.ホームページ (長期にわたって工事中・・・)
6.その他 (取材やイベント参加など)

などがエクリュを知っていただくきっかけになるサービス。
微力で申し訳ないのですが、こんな感じです。

その為、エクリュのホームページの検索キーワードは「エクリュ 福井」が8割以上を占める。
エクリュの場合、ホームページはエクリュを既にご存知の方が来られるサイトとなっている。
一般的な入り口の役割であるWeb(ホームページ)の働きとは違っている。

だから、エクリュのサービスの一環としてのホームページの役割を大きく見直すことにした。
入り口ではなく、他のサービスのサポート的な役割をホームページに持たせることにした。

どんなカタチとなるのかは、まだわたしにも分からない。
Webデザイナーの頭の中にしかない。

9月中ごろフェイズ2が完成したとき、どう変わったかをそんな視点から観るのも面白いかもしれない。

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  by ecru-societe | 2009-08-29 01:50 | Trackback | Comments(0)

ホームページ

切磋琢磨して共に歩む。
一緒に築くとはそういったことだと思う。

チームメンバーが至らぬ行動や結果を発生させたとしても。
むしろそういった時こそ他のメンバーがそれをフォロできるような動きを見せられなければならないと思う。
そういった行動が信頼関係を高めることにもなる。



信頼関係は狎れあいに転がることもある。
信頼関係と狎れあいの違いは相手を想うか自分を想うかにある。
相手(メンバー)に安心をひとつでも多くつくろうなど相手を想ってさらに相互に築いていく関係が信頼関係で、狎れあいは自分が楽が出来るところを相互に探して向上心を失った状況。

チームだからこそさらにメンバーに安心される自分である。
さらにメンバーに信頼される自分である。
メンバーに誇りに思ってもらえる自分であることが重要だと思う。



こなすために集まっている団体ではない。
築いていくために集まったチームだ。

最善のサービスを提供できるチームになるには、チーム力の強化が重要。
狎れあいではない、目的(最善のサービス)を一にしたチーム力(信頼関係)の高い団体である必要をエクリュと関わる全ての方々にご理解いただき、ご協力いただかないと、エクリュだけでは何もできない(皆様のおかげです。ありがとうございます。 今後ともエクリュにご協力のほど、宜しくお願いします)。



9月中ごろにエクリュのHP(ホームページ)がリニューアルする予定です。







Écru Société
株式会社 エクリュ
918-8116
福井県福井市大町2-110-205
TEL.0776-36-9001
FAX.0776-36-9025
E-mail : info@ecru-arc.co.jp
Web-site : http://www.ecru-arc.co.jp/

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  by ecru-societe | 2009-08-29 00:53 | エクリュからのお知らせ | Trackback | Comments(0)

カタチ

b0097729_17561551.jpgカタチに込める想い。
カタチになった理由。

カタチは結晶。
何を結晶化させるのか?
それが先に来る。

つまり。
カタチに込める想い。
カタチになった理由。

カタチから伝わる何か。
カタチから受ける印象。

カタチに込めたコトとカタチが伝えたコト。

それらが一致する時。
想いやメッセージや目に見えないそんなモノが伝わった時。
その時に幸せを感じる。

カタチとはそういったものだと思う。

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  by ecru-societe | 2009-08-28 17:46 | 日記 | Trackback | Comments(0)

スイカ

b0097729_2122293.jpg 夏。

 夜。

 スイカ。

 ほおばる。

 美味しい。

 笑顔。

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  by ecru-societe | 2009-08-28 00:00 | | Trackback | Comments(0)

分からないこと

何もしなければ今の自分のところからでは気付けないことがある。

例えば、階段を上ることが今の自分には苦ではないから、手摺りの本当のありがたさに気付くことは少ない。
だから、足が上がりにくい状況を学んだり想像したりしないと、本当の意味での手摺りの必要性を感じることは無い。

何もしなければ今の自分のところからでは気付けないことがある。

例えば、どこに食べに行っても大体テーブルの上に爪楊枝があるが、子供のころは目にも入らないぐらいだった。
シャンプーとセットでリンスやコンディショナーがある理由も子供の頃には分からない。



こんな風に体感・体験してみないと分からないことなんかたくさんある。

だから、今の自分が感じていることは、ほんの一部の環境から知りえた事実であって、ステージが進んだりすると感じ方などが大きく変化していく。



「分からない」ってことは、自分の世界が狭いことの証。
だから、分からないことは分かろうとする。

しかし、どうしてそんなに朝早く起きられるのだろう? 眠くないのかな?とか。
どうしてそんなに政治に夢中になるのだろう? ぼくは何に気付けてないのかな?とか。
まだまだ自分の世界の狭さに気付かされることが少なくない。

昨日もあまりに自分の中に無い世界観に圧倒された(笑)。
3日間では分からないだろうけど、少し時間をとって理解できるまで考えて行きたいと思う。

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  by ecru-societe | 2009-08-27 09:54 | 日記 | Trackback | Comments(0)

幸せ

デザイナーとアーティスト。
デザインとアート。

よく似ているけど、違うところがある。

そのひとつは想いのイニシアチブ。



アートは自ら湧き上がる感情などをカタチにするのに対し、デザインはクライアントのニーズをカタチにする。

アートはどれだけ自分に成れるか?みたいな感じで、デザインはどれだけクライアントと一体になれるか?見たいな感じがあると思う。



例えば、政治家はアーティストに近いのか?デザイナーに近いのか?
それはデザイナーに近いのだと思う。

民主主義だから世論を反映させる為の代表者が政治家だとしたら、国民のニーズをカタチにするために、どれだけ国民と政治家が一体になれるか?
そのことが問われるのだと思う。



例えば、宗教家はアーティストに近いのか?デザイナーに近いのか?
それはアーティストに近いと感じる。

教祖の理想とする世界観があって、それに共感する信者が集まる。
神や仏やそんな者の教えがあって、それを共感する者達が実行する。



「幸せ」は誰がつくるのか?
これは「家」は誰がつくるのか?と同じように2種類あると思う。

例えばエクリュで家を建てられる方の場合。
家への想いは、エクリュではなくお施主さま側にイニシアチブがある。
エクリュは触媒的な役割を果たしている。
だから、エクリュではデザインやデザイナーと言う言葉を使う。
建築家とかではない。

しかし、他の家の建て方もある。
出来上がっている家を買う場合もあるし、ビフォー・アフターのように建築家や●●の匠にお願いしてしまう方法もある。
その場合想いのイニシアチブはお施主さま側では無く元々ビルダー側にあり、それに共感する方がお願いをするといったようなケースだ。

これとよく似てて「幸せ」をつくるのは自らがイニシアチブをとり、実現に向けて歩む方法と、そうではなく、誰かが考える「幸せ」に乗っかる方法だ。

もちろん、白黒とハッキリ分けられるものではなく、自分で歩む部分とお任せをする部分との両面があるのだろうけど。



わたしの場合、「幸せ」は自分の心が決めるものだと思っている。
自分で「幸せになろう!」と歩むものだと思っている。

政治や宗教に期待していないと言うわけではない。
政治や宗教のせいにしないという意味だ。



政治も宗教も「幸せ」をつくるためにある。
政治も宗教も結局は「人」がしていることだ(宗教の場合、人と言ったら怒られるのかな?)。
政治や宗教が「幸せ」にしてくれるのではなく、ひとりひとりが「幸せ」を求めて歩んでいて集まったのが政治や宗教なのだから、結局は自らが「幸せ」を求めて歩み続けないといけないのだとわたしは思う。

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  by ecru-societe | 2009-08-26 16:18 | 日記 | Trackback | Comments(0)

シリーズ うちの長男&次男

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今朝は涼しく過ごしやすかったですが、夜、布団を蹴って寒かったのでしょうか?
朝起きて子供部屋に行くと、布団に包まる長男とそのぬくもりを求めるように抱きつく次男。

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仲がいい、微笑ましい兄弟の姿です(笑)。
朝から穏やかな気持ちになれます。

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  by ecru-societe | 2009-08-26 00:00 | 家族・地域 | Trackback | Comments(2)

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