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個人を尊重した社会。

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すごく寂しい思いをしちゃうのは、(いい意味で?)相手や団体など、自分以外の何かに期待しちゃうからだと思うよ?

個人を尊重ってことは、当然に自分が大切に考えてる事やしてる事を、侵されると感じる事も予想される。
でも「侵された!」って発想自体が、個人を侵してるでしょ?(笑)

そんなことを色々考えてると、自分自身に期待して自信を持って進む事だって結論にいたるんだ。

そうやって歩んで行く中で、他の誰かとグルーヴを味わえる奇跡に遭遇できたら、そんなに幸せな事は他にないと思うよ。
でも、それを他に期待するのは違うって思うんだ。

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ただ、僕自身が、何を考えて、何を大切に思ってるのか?など、みんなに伝えることは、みんなに同じになって欲しいわけじゃなく、単に知ってもらうって上で必要な事だって考えてる。

よく誤解されるのは、同じように感じろ!って言ってるように思われたり、(本人が同じように考えた方がいいんだって感じているだけだろうに)僕が同じであることを期待してるように受け止められたりすることもある。。。

そら、同じならそれはそれで嬉しいよ!
でも、同じである必要性は感じてなく、むしろ違う重要性を感じているよ。

自分の『良い』を相手に期待することは、、、
どうかなぁ~。。
しんどくなったり、さみしくなったり、悲しくなったりしちゃうんじゃないのかな。。。

僕は僕である。
君は君でいてよ!
一緒にいようね!

そんな感じも
素敵じゃないかな?(笑)





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  by ecru-societe | 2013-08-11 02:06 | 日記 | Trackback | Comments(2)

共通認識にしたいこと。

「してもらったこと」を忘れることなく生きていけると、とても幸せな気持ちでいられるんだろなぁ~。

人の短所は、長所だから。

例えば、危機意識が低いと恐怖に打ち勝つ力にもなりえる。
例えば、楽観的だから、新しい事へチャレンジする力になりえる。
逆に悲観的だから、危機回避の力になりえる。

つまり、長所=短所=個性(特質)。

個性からの恩恵を覚えていれば、その個性からの損失にも寛大になれるだろうし、もっと言うなら他の個性を持った人が、損失になる手前で危機回避を可能にするかもしれない。

違った個性が短所を消しあう関係性だ。

それを可能にするには、冒頭に言った「してもらったこと」を忘れないってことが相互に重要で、つまり「自分との違いを認める」ってことが幸せな気持ちでいられるってことに繋がっているんだって思う。

このことを、出来るだけ多くの人達と共通認識にしたいと思う。





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  by ecru-societe | 2011-07-17 22:08 | 日記 | Trackback | Comments(0)

チーム

例えば、僕が僕の役割の中、悩んだり模索したり検討しているその中で
家族が無邪気に笑顔で過ごせたり、不安なんて言葉が一切ない寝顔をみられることは
それが本当に僕の力にもなるし、こんなに幸せなことは無い。

だから、僕の気も知らないで僕の悩みなんか知らない方が、きっといいんだって思う。

でもそれは、それぞれがそれぞれの役割を果たす中で、そのことがチームとして機能しているからこそ思えることで・・・。

例えば、もしチームの誰かが僕が悩んでることなんか全然気付いてないから
僕が悩んでるまさにその事に、結果的に荒波を立てたり邪魔をするようなことになったとしたら・・・。

でも、そんなことは想定範囲内で、
もちろん話し合いなどでうまく調整が出来て
お互いに邪魔をすることなんか望んでいないことなんだから
そうはならないいい方法を相談できれば、それが最もいいことなんだろうけど
立場や視点が役割が違うと、それが難しいことも容易に理解は出来るから
そんな中で「人のせいにすることなく」ただひたすら自分の役割を全うできるのは
チームや家族が、それぞれの役割をベストエフォートの元、取り組み続けているんだ!
との信頼感があれば、何とかなるはず。
自分の役割に集中できるはず。



ここで重要なのは信頼関係。
信頼関係をどうやって築いていくのかは、人によって色々考え方があるだろう。

ひとつは約束を守るってこと。
多分、こればっかりは基本じゃないのかなぁ~。
ウソは信頼関係に最もリスクの高いファクターじゃないだろうか?

ひとつは結果を出すってこと。
だから学歴もひとつの信頼に繋がるのかもしれないし、年収もそうなのかも知れない。
多くの人の役に立っているってことも、誰かに深く必要とされるってことも結果のひとつかも知れない。

フィーリングやグルーヴも大事だろう。
いや、逆に意外性って時もあるかな?
知識やセンスも必要かもしれない。

信頼関係を築こうって姿勢が先ずは大事かな?(笑)
本当の意味でそれさえあれば、色んなことを乗り越えて結果を出せるのかも知れません。



世の中には、色んなチーム(家族など)があって色んな形態がある。

どれが正しくて、どれがおかしいってことは無い。
今結果が出ているからと言って、それがいつの時代やどんな環境などで同じ結果を出せるわけでもない。

ジーコJAPANはダメで、トルシエがよかった。
岡ちゃんがいいのか?ザックがいいのか?
ある時点での結果を考えれば、それはそれで何らかの評価もあるのかも知れないけど、
皆さん日本のサッカーに大きく貢献していただいたこと、その影響が確実にあったことは疑う余地も無い。

どれが正しくて、どれがそうでなかったか?
そんなことは決して言えない。

ただ、チームである以上は自分達の選択やニュアンスやイメージみたいなものを、共有化し
それぞれの役割を明確に認識し合い、尊重しあう環境の構築は、必要ではないだろうか?

感情の共有は必要ないのかも知れない。
例えば、僕が僕の役割で悩んでいる、その原因も解らずニュアンスだけを共有する必要はない。
むしろ何にも解っていない方が、それはそれでいい結果を導くこともあるのかも知れない。
だから何でもかんでも共有化する必要性もないのかも知れない。

でも、役割を明確に認識し合い、尊重しあう環境のアプローチは、必要なのではないだろうか?

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  by ecru-societe | 2011-06-22 22:22 | 家族・地域 | Trackback | Comments(0)

買い物

今日は久しぶりに家族で買い物に行きました。

b0097729_17531024.jpg買い物と言えば、例えば服を買いに行くにも、平和堂などのスーパーに行くんです。
最初はすごく違和感があったんです。
なんか中学生みたいで(笑)。
でも、エルパやパリオってスーパーがあるんですが、そこに入っている専門店はバカに出来ないお店が結構あるのはあるんです。
それにしても、、、何て言うか、、、華やかさがないと言うか。
便利なんですけどね。。。

僕は駅前の方がまだ好きかも(笑)。

まぁ、あまり買い物に行ったりもしないのですが、できればお洒落な行きつけのお店みたいなのが自分の街の中に数件あると、とても楽しいですね!
ネットも便利ですけどね。。。


僕は人と触れ合える方が好きかも(笑)。

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  by ecru-societe | 2011-03-26 17:55 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ルール と 自制心

この春から長男が中学校へ、長女が小学校へ進む。

思ったのだが、幼稚園から小学校、小学校から中学校へと進むにつれ、ルールが多くなり規制が厳しくなる。
社会性を身に付けるためのカリキュラムなのか?
それともそうしないと統制が取れなくなってくるのか?
大人に成るということは社会との調和を図っていけることという証なのか?

最近、ルールが必要だと感じることが多い。
以前は個人を尊重し、個性を最大限引き出してチームの力にする方法を模索していたが・・・。
個が成熟していないためか? それとも日本人の特性か?
中々機能しない局面も出てきたと最近感じる。

ジーコ JAPANの限界と同様か・・・(岡田 JAPANは?!)。

ルールは人を信じて任せることと対極に存在している面もある(実際はそういった考えでは無いが・・・)。
ルールがあることでマイノリティーなケースに対応できなかったり、ルールがあることで自発的な感情などを抑制する時もある。
まあ、ルールがなくても自発的な感情や自制心などを養えない場合も沢山あるのだろうけど。

結局は何がよいと言うわけでは無く、バランスの問題なのだろう。

僕はいつもただ単に、どうすれば幸せをつくれるのかを考えているだけだけど、、、
それは今の僕には、とても複雑で難しい。

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  by ecru-societe | 2010-02-23 09:25 | 日記 | Trackback | Comments(0)

MIXI

最近、MIXIでアプリケーション機能が追加され、色々なアプリ(ゲームなど)をみんながしている。
ずっとMIXIから足が遠のいていたマイミクさんも、アプリのおかげで(MIXIに)入る回数が増えたのではないだろうか?
その分、日記の数は減り、アプリとマイミクのボイスというつぶやきを残す機能が増えている。
コミュニティーのつくり方や自分自身の発信がより手軽になったと感じる。

ただ、オフ会などといったより強固な繋がりを求めるものは極端に少なくなったと感じる。
強固なモノより、手軽なモノに大きく移っていると感じるのは僕だけだろうか?。

個人的にはより強固な繋がり(コミュニティー)を築いていくことをいつも考え、そちらへ向かうことをコンセプトにしている。
だからといってアプリをしないかと言うと・・・やたらしている(笑)。

言い訳をするわけではないけど、アプリも面白い。
何が面白いかと言うと、つくられた成功体験や、ボタンをクリックするだけの単純な動作だが、それなりに人を集め、協同させ、競ったり、楽しんだり・・・人と人を向かい合わす役割を果たしている。

実は人は役割や目的や自分の枠組みが欲しくてたまらないのではないか?と感じる。

きっとそれはそうだろう。
かくいう自分も、よく自分の役割やこの世に生をなした自分の目的などを考えたりもする。

どんな役割も目的も、誰かを苦しめたり、何かを消滅させてしまったり・・・
そんな断絶的なために力を注ぐのではなく、継続や育みや築きなど建設的なことにつながるようにあってほしいと思う。

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  by ecru-societe | 2009-10-12 22:28 | 日記 | Trackback | Comments(2)

選択

b0097729_951265.jpg今日はこの話題に触れずにはいられないだろう。

昨日は歴史的な1日となった。

大きな変化に繋がるかも知れない1日となった。


何かを得れば、何かを失う。

何を得て、何を失ったのか?


マクドがあるからモスがある。
マクドが良いとか悪いとか、モスが良いとか悪いとか、そんな問題ではない。
個人の選択として好みはあるが、良し悪しとして存在しているわけではない。

だから、自分を表現するとき
「マクドはこんなことが出来てません!モスはその辺はキッチリとしています」とか
「モスは本当に消費者のことを考えているのでしょうか?マクドにこそその責任を果たすことができます!」
などと表現することは相応しく無い。

何かを得れば、何かを失う。
要するにそれぞれの選択があるだけで、善悪ではない。



今回の選挙戦。
与党だった党までもが相手の批評や風評を露骨に流していることに驚いた。

これが何かを得て、何かを失った結果なのか?
国民は日本人として何が必要だと思っているのだろうか?
どんな日本人像が好きなんだろう?

それも含めての今回の選択だったのか?
顕在的には意識はしていないかも知れないけど、潜在的には選択したのだろう。



誰かを悪くして自分を正当化する。
そんな表現は、ちょっと残念に思う。

人を使い捨てない世の中であって欲しいと思う。
そんなことを言ってるわたしは、摂理に反しているのだろうか?
人はみんな役割があり、それを果たすと消え行くものなんだろうか?
そうかも知れない。

だからこそ自らが変化し続け、必要とされ続けるようにならないといけないのだろう。

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  by ecru-societe | 2009-08-31 09:48 | 日記 | Trackback | Comments(0)

自分のルーツと出会える場所

絶えず動いていると濁ったり淀んだりはしないけど、止まると濁ったり淀んだりする。
水も空気も人間も。



自分のルーツの代名詞的な、、、例えば母校や部活やサークル活動や家族やコミュニティーやそんなものが、あり続けてくれることはとてもありがたい。

最近よく脳裏に大阪や奈良や関西の風景が浮かぶ。
疲れてるのかな?(笑)

その風景が変わらずあり続けてくれることは、何て言うか・・・元気を取り戻せると言うか、自分を取り戻せるような気がする。

自分のルーツと出会える場所が必要になる時は、誰にでもきっとある。



そんな場所や環境を維持し続けるには、その場所や環境が変化し続ける必要がある。
止めてしまうと風化していく。
動いていないとその場所が無くなってしまう事にもなる。

変わらずあること、風化しないように変化し続けること、相反するけど両立しないと自分のルーツと出会える場所が無くなってしまうことになる。

だからこそ、帰れる場所があり付けることは本当にありがたいことだと思う。

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  by ecru-societe | 2009-04-17 21:41 | 日記 | Trackback | Comments(0)

コミュニティー ~人と人の距離~

人付き合いは、面倒な時もある。
でも、その面倒な人付き合いがスムーズなコミュニティーは、人は息づく温かみのあるコミュニティーだと思う。



小学5年生の頃だったと思う。
わたしは大阪の玉造と言うところにある塾へ行っていた。

当時は奈良に住んでおり、関西本線(現在の大和路線)で天王寺まで出て、環状線に乗り換え玉造まで学校が終わってから通っていた。
帰りは夜遅くなった。
多分8時ごろ。
電車の中は仕事帰りのサラリーマンでごった返していた。
いつもひとりで通っていた。

いつも同じ時間で同じ車両に乗るから、いつも会うおばさんがいた。
いつもロッテのグリーンガムを噛んでいた。

そしていつもわたしに1枚くれた。



今だと「知らない人から食べ物なんか貰ってはいけない!」って言われるのだろう。

わたしが子供の頃は、梅田へ弟を連れて父を迎えに行ったりもしていた。
幼稚園の時でも待ち合わせ時間に遅れると、ひとりで電車で幼稚園へ行ったりしていた。
電車の中でおばちゃんがミカンをくれたり、飴ちゃんをくれたりするのは珍しくはなかった。

でも、いつ頃からか。。。
知らない人と距離をおくように教えられた。

大阪や奈良なんて、ほとんど知らない人ばかり。
だから人と距離をおくのは普通のこととなった。



福井に越してきて人の距離感の近さに驚き、また心地よく思えた。

もちろん、しんどくなる時もあったけど、子供を育てる上での安心感は関西にいた頃とは全く違った。
関西の人は大多数の人が悪人で、福井の人は大多数が善人であるというわけではないと思う。
関西も福井もいい人もいればそうでない人もいる。
でも、安心感があるのはきっと、「人付き合い」の密度の違いから来る「知り合い」と言う感覚だと思う。




地域の行事の多さには本当に驚いた。
関西にいた頃は皆無といっていいほどそんな行事は無かった。

この地域の行事。
確かに面倒な雰囲気はある。
酒が飲めないわたしは基本的に人が集まる場所が嫌いと言うか恐い。。。

でも、この面倒な行事や人付き合いが、「あんしん」を地域に与えるのに効果があるのは、そうでなくなっていった関西での時間を過ごしたわたしにはすごく分かる。

人懐っこくて先ずは親しく人と接する文化がある関西ですら、人と人の距離が遠くなってしまうのはほんの短い時間だったような気がする。

何がそうさせたのか?
繰り返される凶悪な事件か?
巨大な共同住宅などがたくさんでき、多くの人が移動した為か?
教育か?
マスコミの報道の仕方か?

いや! ひとりひとりの気持ちの持ち方が変わったせいだ。
その気持ちの持ち方は、人と向き合う気持ちを持つか持たないかの違いだ。
一応、念頭にこのことを置いておいて、地域の行事や人付き合いや日頃の行動をとりたいと思う。

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  by ecru-societe | 2009-01-27 00:00 | 日記 | Trackback | Comments(2)

「だんだん」から考えるバランス

人が集まるとみんな自然にバランスを図る。
家族もそう。
会社もそう。
意識して無くても自然とバランスを図る。

だから新たなメンバーが加わると、バランスが変わり個々の役割みたいなモノも変化したりする。 減っても同じこと。

自然界は全てバランスを図る。
バランスが取れなくなると、そのコミュニティーは崩壊する。



NHK連続テレビ小説「だんだん」

音楽性の違いなどに絶えられなくなっためぐみが突然解散宣言。
コレを観ていて思ったことがある。

多くの人はめぐみは「我がままだ」とか「根性が無い」とか言う。
それも一理ある。
でも解散しなきゃいけなくなるのは、結局集まりのバランスが確保しきれなかった為で、それはそこに関わるすべての人たちに出来ることがあったし、力が不足していたのだろうし、責任もあるのだと思う。

誰かの欠点をつるし上げる前に、自分に出来ることを探すことが出来る人は立派な人だと思う。
中々出来ない。

バランスが大事。

自分を生かすのは社会やコミュニティーなどと言った集団だし、集団の発展には個の力が不可欠。 やっぱりバランスが大事。
バランスをとるのはリーダーだけの仕事じゃなく、先ずは個々でバランスをとって、そしてみんなでできることをし尽くすことなんだと思います。

今後も「だんだん」を見守って行きたいと思います(笑)。

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  by ecru-societe | 2009-01-25 23:45 | TV・シネマ | Trackback | Comments(0)

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