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しんじるもの

先日お客様からのご依頼で、家相をみられる先生とお住まいの打合せをしてきました。

家相とは、風水や気学などと通じる開運学の1つ
例えば宮内貴久氏の著物によれば、、、住居とは生存の拠り所として、最も根本的な施設であり古来より生命や財産を守るための工夫を重ねてきたが、天災によって当時としては不可解な被害(例えば地震)に見舞われていたことから災いの要因を含めた「世界を支配し統括する原理を知りたい」という欲求に晒された。
その結果、住宅に対して、人々が居住生活に求める概念を実体化させて、長い年月を経て培われた知見が規範化され影響力を持ち家相の世界観が生み出されたと述べられている。
(ウィキペディアより)

ビジュアル的に近代的な建物のテイストが多く見受けられるエクリュではありますが、実は結構家相を意識しながら建てているお住まいも少なくはありません。
オーナー様が家相にこだわられておられる時は、家相の先生にみていただいたり、オーナー様に(複数だと矛盾してくる場合が少なくなくあるので)1冊本を選んでいただき、その本に則ってお住まいの設計をさせていただいたりもしています。

建築を技術や科学などで学んできた私にとっては、気持ちやニュアンスなどを感じる事が出来ても真理を知るほどの知識も備わっておらず、そのためもあって家相の先生にみていただいたりしています。

先日、ある家相学の先生とお話しする中で、
「家はその人自身を表すんです」
との一言に、いたく共感をしました。
それは私自身もお仕事をさせていただく中、心がけているポイントでありますし、実際に建ったお住まいを観る度、同じ感想を感じていたからです。

その先生曰く
「いくら家相をみても、その人が受け入れない限り思う方向にはいかないんです」
「それは何かの力に導かれるように、選択していくものなんです」

先生のそのお話をお聞きしていて、それは人生そのものだと感じました。
何が良いのか?
例えば勉強をしておいた方が、これからの人生にきっと役に立つ。
そのことが脳で解っていても心で感じる事が出来ない限りは、いくらカタチだけ勉強をしても何も身にはならないし、全ては本人の心、本人の選択が決めることなんだといつも思っていたからです。

だからこそ私はその日思いました。

お住まいづくりをされる中で、何を信じてされるのか?
家相学なのか?
科学的な数字なのか?
経験なのか?
データーなのか?
親の意見なのか?
近所の人の意見なのか?
地域性か?
きっと色々あろうかと思います。

ただ、私がその日感じたこととは、私は私や家族や私をここへ導いた全てを信じるということです。
例え私の住まいが、家相的に良くない部分があったとしても、私はそれを受け止めます。
私が受けなきゃいけない何かがあるのなら、それを避けては通りません。
なぜなら、私は、私や私の家族や私をここへ導いた全てを信じることが、私の力になり得ると感じているからです。

私は私を信じます。
私の家族を信じます。
私のルーツを信じます。

私が設計した私の家を信じます(笑)。

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  by ecru-societe | 2011-07-01 00:09 | 日記 | Trackback | Comments(0)

価値

仕事上、「価値」ってことをよく考える。

多くのヒトは何に価値を見出し、何を評価するのか?

例えば、知識。
正確な知識は判断を明確にするし、豊富な知識はより確実性の高い判断を可能にする。
例えば、美。
美が放つ魅力は、説明が出来ないほどヒトを虜にする力がある。
例えば、強さ。
強さがあればどんな逆風にも耐えることができ、他をひれ伏せることもできる。
例えば、正義。
力が正義ではなく、正義こそが力だ。
例えば、お金。
お金があれば売ってる物は何でも買える。時にはヒトの心すら変えることができる。
例えば、風習。
続けてきたことには何らかの意味がそこにあるはず。
例えば、バランス。
総合力が最も大切な要因のひとつかもしれない。

例えば、楽しさや他にもきっと色々あるだろう。

そもそも自分の価値観を明確に理解し、選択をしているのだろうか?
いや、そうじゃない場合の方が多いのではないだろうか?

とは言え、ヒトは潜在的な意識の中で、自分の知識や経験や気分などから自然と優先順位を決め、選択の判断材料としているはず。
つまり潜在的意識の中では価値を検索しているはず。

しかしヒトは難しい。。。
そもそも言葉や概念なんかで人をくくることが出来るわけない。
もっと偶然性に近いニュアンスの中に人はいると感じる。

宇宙は分子や原子やクォークで出来てる訳じゃなく、
宇宙は感情や想いやストーリーで出来ているってことかな?



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  by ecru-societe | 2011-06-05 13:55 | | Trackback | Comments(0)

価値

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手間をあきらめない。
もしかしたらそれが価値じゃないだろうか?

物ももちろん価値だけど、物にしか金額を見出せないのはきっと違う。
むしろ、物に付随している手間やサービスや保証やステータスや・・・。
そちらの方が大きな可能性があり、大きな価値がたくさん存在していると僕は思う。

たくさんの価値を見出したい。
たくさんの価値を一緒に探したい。

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  by ecru-societe | 2011-04-12 00:47 | Écru Société | Trackback | Comments(0)

価値

誰にでも真似が出来るようなことは、大したことではないのだと思う。
カタチを真似たり、アイデアを盗んだり。

誰にも真似ができないことに、大きな価値があるのだと思う。
誰にも奪えないもの、誰にも真似ができないもの。

だけど価値に確信がほしくて、カタチに落とし込んだりするのかも知れない。
目に見えないことなどを信じ続ける強さが足りなくて、実感を求めるのかも知れない。

でも、カタチに意味があるのでは決してない。

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  by ecru-societe | 2010-06-10 16:51 | 日記 | Trackback | Comments(0)

価値

「価値」は感じる人が感じることで、ひけらかすものではないと思う。
「脳ある鷹は爪隠す」と言うことわざがあるからかどうかは置いておいて・・・。

「価値」は感じる人が感じるものだとわたしは思う。

但し、知りたい人には全てを知ることが出来る準備や説明義務は当然にあると思う。
それはむしろ義務であり、当然に必要なサービスだと思う。

例えばそれはホームページだったりするのだろう。
ホームページは宣伝広告だと思っている人は少なくないとわたしは感じるが、それは違うとわたしは思う。
ホームページなどはサービスである。

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「価値」は感じる人が感じるもので、感じた人にのみその「価値」をご利用いただければ、こんなに幸せなことはない。
「幸せ」とは、「価値観」を共有できることだと思う。
そういった関係の中でしか実はいいものは生まれてこない。

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あっ! そうそう。
ホームページと言う話がでたが、もうひとつ付け加えておこう。
ホームページとはサービスだと先ほど言ったが、ホームページの役割というか、ホームページでもうひとつしておかなきゃいけないことがあると思う。

例えば、本を読んで新たに知った価値観に出会い、感動したり、新たな自分とであったりした経験はないだろうか?
自分達が「大切に想っていること」「価値観」「アイデンティティ」をお伝えすることで、受信者の中に新たな価値観が芽生える。 受信者が気付く。 受信者がピンと来る。
そういった「気付き」や「新たな出会い」のための動きもホームページの役割なのかもしれない。

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品のある行動という以前の問題として、「価値」は感じる人が感じるものであって、ひけらかすものではないとわたしは思う。
「価値」は感じる人にしか意味を持たず、感じない人には無意味なものだから。

わたしたちが持っている「価値」があなたの「価値観」と一致し、共に新たなものを生み出せれば・・・
これ以上相互に幸せなことはない。

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  by ecru-societe | 2009-08-05 00:00 | 日記 | Trackback | Comments(0)

価値

知らない人は損をするのは仕方ないけど、、、

ある事実を知っている者が、相手が知らないことをいいことに利益を得ることはどうなんだろう?
正当な利益とは?

必ずみんな役割を果たして、その役割に対して必要なフィーを得ている。

それぞれの能力に対して正当なフィーか?
それは市場原理によって決まる。

情報を規制した閉じられた市場では、正当性は失う可能性もある。
現在のようにネットで何の価格もすぐ分かるような情報がフラットな状況で、正当な市場原理が働くのだろうか?

ちゃんと選択できているのだろうか?



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きっとちゃんと選択できているのだろう。
きっとその人はその人の選択で出来ているのだろう。
それも自然の原理。

そんな気がしてきた(笑)。

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  by ecru-societe | 2009-07-29 19:04 | 日記 | Trackback | Comments(0)

何を得て、何を失うのか?

マクドでハンバーガーを食べる。
何を得て、何を失ったか?

モスでハンバーガーを食べる。
何を得て、何を失ったか?

ユニクロで服を買う。
何を得て、何を失ったか?

プラダで服を買う。
何を得て、何を失ったか?


いや!何も失っていないのかもしれない。
なぜならそれはニーズだから。
でも全ての事実を知っていた?
全てを知るのは大変でめんどくさい!?


車は軽(660cc)を買う。
何を得て、何を失ったか?

3L以上の排気量は欲しい。 ゼロクラウンを買う。
何を得て、何を失ったか?

車はプリウスを買う。
何を得て、何を失ったか?

車はTTを買う。
何を得て、何を失ったか?


いや!それは買った時点では解らないことなのかもしれない。
むしろ、比べるものが無いと、基準が無いと解らないのかも知れない。
でも、数字に表現できないものの方が多い。
目に見えないものの方が多い。


何を得て、何を失って良いのか?
いつまでに何を得たいのか?

そんなこと考えて毎日は過ごせない?
変化には対応できない?


あなたは何が必要で、そのために何を差し出すことが出来ますか?

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  by ecru-societe | 2007-08-31 17:11 | 日記 | Trackback(5) | Comments(0)

飯島愛

自分は芸能界はあまり詳しくない。
芸能人の名前もあまり知らない。

先日も家内に「妻夫木が・・・」と話し出したが、『須磨葺って何?!』と聞き返すと「マジで?!」と呆れかえられ、それ以上しゃべってくれませんでした。

そんな自分でも知っている『飯島愛さん』が芸能界を引退すると言うことで、金スマで取り上げられていました。

それを見て家内が。。。
鬼の目にも涙!!


しかし、すごいですね。
すごく多くの人が引退をすることで淋しく思い、うちの家内までも。。。


自分が仕事を辞めたりしたら(まだまだ辞めれる状況では無いので辞めませんがw)、何人の方が淋しい思いをしてくれるのだろう?!

フッと思った。

多くのお客様が淋しい思いをなさるなら、それはその会社(人)の価値ですね。

飯島愛さんが辞めることで、うちの家内ですら流した涙、多くの国民が涙したに違いありません。
多くの人に愛されているのは、仕事を愛し、人を愛してこられたからのことでしょう。
そして何より、お客様の為に必死に頑張ってこられたからでしょう。

すごいエネルギーですし、大変なご尽力だったと想像します。
それはやはりプロフェッショナルですね。

自分はまだまだ精進しないと。。。


飯島愛さんの引退の本当の理由は、最後まで解りませんでした。

でも、ご本人の道。
ご本人が決められることで、そんなことは周りがとやかく言うことではないのだろうと思う。

ただ、ただ、お疲れ様でした。

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  by ecru-societe | 2007-04-07 00:00 | 日記 | Trackback | Comments(0)

NHKから観るいいモノ

先日、電話があった。
統計調査だった。
NHKの必要性の調査とか。

答えはもちろん必要!!

NHK(BS)大好きなわたしですから。
朝は『芋たこなんきん
夜は『プロフェッショナル
ニュースはNHKで見るのが一番落ち着く。
民放はコメントに脱力したりする時もあるけど、NHKだとその心配は無い。

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多くの人が評価するモノが必ずしもいいモノとは限らない。
そのことはTV番組を見ていても思う。
視聴率の良い番組が、必ずしも素晴らしい番組では無い。
残念ながらむしろそうでないことは少なくない。

各テレビ局のほとんどの方々はCSR【企業の社会的責任】を理解されていて、何を伝えるべきなのかを考えて番組をつくられていることと思う。
しかし民放である以上、採算性が重要で、視聴率の数字はきっと不可欠なファクターだろう。

多くのニーズがあるからということと、CSRが一致しないことは少なくない。

だからこそ、NHKが必要だと自分は思う。

広告収入ではなく、受信料にて運営されているNHKは、ある程度は視聴率からは開放される。
だから民放がつくらないような番組をつくることが出来る。
事実、NHKは素晴らしい番組が多い。

ドキュメンタリーなどは民放のドキュメンタリーはNHKの足元にも及ばないと自分は感じている。

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多くの人が評価するモノがいいモノとは限らない。
むしろ、視聴率を民放ほど気にしないNHKはいい番組をつくることができる。

安いことは価値だ。
しかし、事業採算性ばかりを追求して安いモノを安物にしてしまうことは危険なことだと思う。

いいモノをちゃんと探求出来る人が増えないかぎり、NHKは必要だ。

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  by ecru-societe | 2007-03-14 00:00 | TV・シネマ | Trackback | Comments(0)

『高い』 と 『安い』 其の弐

先日、金額が『高い』・『安い』は『費用対効果』で、正確には単に『金額の多少』を表す言葉ではないというお話をしました。

『費用対効果』 つまり 『価値』

b0097729_22524068.jpgこの価値の感覚(価値感)は人によって違います。

例えば、先日、アルファ・スパイダーはメーカー希望小売価格が500万円程度ですが、この金額でこの車が欲しい(≒適正価格もしくは安い)か?欲しくない(≒不適正価格もしくは高い)か?と言うことが価値観です。

この価値観は人によって様々です。

つまり『高い』・『安い』という感覚(得るものに対しての許容価格)は人によって違います。
それはひとつの個性です。
それが色々な機能的感覚や美的感覚や社会的感覚などに影響します。
そして選択に個性が観えてきます。
その個性を一定のカタチにすることが『デザインをする』と言うことです。

以前お話したように『デザイン』は『ニーズ』・『機能』・『美』の3つの要素が必要です。
つまり、デザインには『高い』という言葉は本当はないはずなんです。
デザインはその人のニーズをカタチにする作業なので、『機能性』・『芸術性』・『社会性』・『経済性』など全てにおいてニーズを満足していることが不可欠だからです。
(但し、その人以外の人たちには『高い』・『安い』が存在しますけど。。。)

ちゃんとしたデザインが出来るデザイナーなら、上記のコトが充分に理解できているので、きっとあなたのご希望の価格でご希望のモノを総合的にデザインしてくれることと思います。

自分の美的センスや金銭感覚などを押し付ける人は、全くデザイナーではありません!!
デザイナーはあなたの『高い』・『安い』を探求する人たちです。

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  by ecru-societe | 2006-12-19 00:19 | 日記 | Trackback | Comments(0)

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE