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感 と 理 と コミュニティー

理屈は言葉などで表現できる。
相手に伝えることが出来る。
だから理性的な人・理論的な人は、相手側に一定の知識の共有があれば(言葉の意味など)コミュニケーションが可能だけど。
感覚的な捉え方をする人が、相手に何かを伝えようとする時、日常ではどのようにすればいいのか?
表現はどうすれば相手に伝わるのだろう?

言葉がダメなら、行動だって思いつくけど、、、
でもその行動の意味を考えること事態がきっとナンセンスで・・・。
そもそも伝えると言う行動が理性的な行動なんだとすれば、感性的な人はコミュニケーション自体の必要性が薄い人ってことになるのかな?

明確でないニュアンスや表現しきれないリアルなイメージが「感」だとすると、、、

感覚的な人と向き合う時、僕の出来ることは根拠を探すことじゃなく、ただ単に盲目なごとく信じるしかないのだろうか・・・。

理屈の無い人には、信じてもらう為にどう行動すべきかと言う思考自体が存在しないから、理論的な見地からすると信じ難い言動を繰り返すことにもなる。
それが神のご意思かのごとく信じる力を持つことでしか「感」と「理」は共存が図れないのだろうか・・・。

しかし人は神ではない。。。

神ではないから間違いも起こすし、時には社会的な信用を落とす結果にならないとはいえない。
人のせいにしていては何も進まないのは承知だが、、、
感覚だけに頼ってはコミュニティーが存在していけるとは思えない。
そこには理論的な裏づけがどうしても必要ではないだろうか?

理論が全てではない。
しかし感覚だけで行動することも全てではない。

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例えば・・・
神を信じるのか?
科学を信じるのか?

きっとそのどちらもが、同じ宇宙につながっていると信じて。

  by ecru-societe | 2011-05-01 09:53 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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