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ばあちゃん

僕の家族や親戚は都会の人たちで、「継ぐ」とか「家」とか封建的な考え方とは少し違い、核家族的で自己責任ってニュアンスだったりがコンセプトだって感じていた。

ただ、僕が何の因果か福井に引っ越してきて10年の月日が過ぎると、福井に根付く大家族的な考え方だったり、家族や地域や人が多く係わり続ける関係性の美しさにも気付き、その素晴らしさも知ることとなった。
お墓の意味とか自分のルーツである先祖とかも考えるようになり、自分のルーツをインターネットで調べるようになった。

聞くところによると僕が横山家15代目になる旧家で、江戸時代には江戸家老?を勤めた方もおられたとか。
なので今でも横山家のお墓は東京の新宿にある。

でも、実は僕はそういうことはほとんど聞かされていない。
じいちゃんは僕が生まれる前に亡くなっていたし、ばあちゃんも僕のイメージでは家柄とかを鼻にかけるような感覚は無く、そう言えば、ばあちゃんは自分のことを「ワタクシ」と言ってたし、持ってた写真の中に数人のお手伝いさん?まかないさん?と映っている東南アジアでプランテーション農業をする曾じいちゃん?の写真を見たことがあるなぁ~ってぐらいだった。

逆に(もしかしたらじいちゃんの意向で)そんなことをひた隠す感じと言うか・・・。
もっと違うことを大切に考えてたのかなぁ~。
じいちゃんが早くに亡くなって、戦争もあって財産も亡くなって、そんなもんじゃお腹が膨れなかったのかな?
とにかくばあちゃんは家柄などを鼻にかけるどころか、そう言ったことは何にも話してくれなかった。

そんなばあちゃん(99)が4日の朝に亡くなった。

そして二十何年ぶりかに親戚一同と会った。

多分ばあちゃんは親戚中の中でもトップクラスに色んな経験をしてきただろうし、苦労も重ねてきただろうから、とてつもなく芯があるというか、とてつもなく強く感じる人で、、、だから周りがついて行けずへとへとになってしまうので、親戚中を大変悩ませたりもした。
家族中に色んな感情や想いや思考や可能性を残した。

葬式の前日、親戚中の色んな想いや感情が交錯した。
一言や一日では語れないものがあふれ出した。

まったく全てを自分の中で消化できている訳じゃないから、ここに今日書くのはおいておこう。
ただ、みんなの想いを聞いていて僕が感じたのは、全てが愛だからとても難しいってことと、ばあちゃん始め、父や母はもちとんのこと、伯母さんや叔父さんや叔母さんのみならず、弟や姪っ子、甥も含めて色んな人たちがいてくれて、今の場所にいられていることは感じ、小さな頃から家族や親戚に対してどこか引いた観ていると言うか、、、暑苦しいとは思わないけど、「どうしてこんな風なの・・・」とは感じていたのかなぁ~。。。
でも、自分から何かを変えるために努力をする訳でもなく人任せで、他の人たちが一生懸命支えてくれてたからぼーーーっと考える時間も持てて、「あぁ~。守られてきたんだなぁ~。」とあらためて感じた。

ばあちゃんは僕のこと、どんな風に思ってたのかなぁ~。
決していい孫じゃなかったなぁ~。
ひでおくんやちゃこちゃん、まいちゃんの方がずっといい孫だったなぁ~きっと。
僕のぶんをみんなが埋めてくれてたんだろうなぁ。
そんなことも思った。

横山家15代家長。
僕は福井に来て少しは人とのつながりが大事だってことが解った気がする。
子供達に何を残せるのか?とか、逢ったことの無いじいちゃんがどんなことを考えていたのか?とか、流れを考えるようにもなった気がする。

葬式の最後、伯母さんが言った。
「哲明が遺影を持ちなさい」
って言葉の意味。
また考えながら福井に帰ってきた。

家族って、きっと素晴らしいね。
繋いでいくって大事やね。





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  by ecru-societe | 2011-11-07 15:28 | 家族・地域 | Trackback | Comments(0)

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