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優しさ。

子供の頃。 「あなたは優しい子」と親に言われても、実はピンときていなかった。
知識はあって、こういう局面ではどういえばいいのか?など状況判断は弟よりはるかに正確けど、その正しい答え(理想的な言動)には実感も持てず、手段にしか過ぎないって感覚があったのかなぁ~。
優しい子と言われる程、優しいって言葉の意味が解らなくなった。

「優しさ」って一体なんだろう?

悲しいことがあった誰かの横で、自然に一緒に涙を流すことなのかな?
パンが出来上がった時(成功した時)にはもうそこには存在しないけど、パンが膨らむために必ず必要な力をそっと貸すイースト菌みたいなことなのかな?
相手の「よい」をロングスパンの時間軸で考えられて、相手らしい選択を明確に出来て、その道のりに寄り添うことなのかな?

きっといろんな「優しい」ってカタチが存在して、どれが正しいとか間違っているとかじゃなくて、状況や心情や環境など様々な要因から最適な優しさが存在するのかも知れないけど、全てに相応しいわけではなく、全てに対応できるわけではないのだろうと思う。

僕が子供の頃、親から言われる自分が優しいってことが腑に落ちなかったのは、自分らしい表現の選択が褒められたわけじゃなく、用意された答えを褒められた点にあったんだと感じる。
自分自身でも、自分が何者なのかも理解できていなかったし、だから自分が揉められた気が薄いのは当然のこと。

「優しさ」には一定のカタチがない。
だからその人らしい、その人が感じる「優しさ」こそが「優しさ」なんだと思う。
ただ、その人らしい「優しさ」がいつも人の心を癒せるわけじゃない。
むしろ逆にその「優しさ」が傷を深くする時もありえる。

だからこそ色んな種類の「優しさ」があることで、色んなケースをカバーできて、どんな状況下でも対応できる可能性が増える。

大事なことは、自分らしくあること。
それと、自分と違うことを認めること。
それこそが「優しさ」の多様化につながり、多くの人達が多くの状況下で癒される可能性を多くする方法なんだと思う。





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  by ecru-societe | 2011-12-27 00:16 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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