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受け入れることの重要性。

「嫌い」とか「解らない」とか「苦手」とか・・・
出来ればそんな言葉を選択しない方がいい。
その言葉の選択にも、長い目で観た時や人生の中では意味のあることなのかも知れないけど、その言葉を選択すると、道のりは長く険しいものになってしまうのは、事実だから。

「嫌い」とか「解らない」とか「苦手」などは、ある事実などを受け入れないことで、ある内容を正当化するニュアンスがある。

例えば、、、
「すぐに声をかけてくる人が嫌い」という言葉の意味は、「私は軽々しくは声をかけないことが美徳としている」というプレゼンテーションでもある。

しかし多くの場合(全てではないけど)、そういう言葉の選択や、言い方をする人に限って、簡単に声をかける人が羨ましかったり、また、自分の中に簡単に声をかける要素があったりしがちで、だからこそ踏ん張って軽々しく声をかけない方に軸足をおいて生活をしていることがある。

つまり、気になるけど気にしないように努力しているってニュアンスがある。

そういう場合は、ありのままの自分の感覚を受け入れないことに努力をしてしまっていて、中々自分とは出逢えないことになってしまう。

また、仮に自分の中に簡単に声をかける要素が存在しなかった場合は、自分と違ったものは受け入れられないというキャパシティーの狭さにより、新たな自分の可能性の芽を摘んでしまうことにもなり、柔軟性や順応性などを失ってしまうことにもつながる。

相手や対象を否定することから入るのは、リスクが高い選択だ。
もちろん、そうしなければ、今の自分が大切に考えている事や物を守れないと感じてしまう時もあるだろう。
でも、それは事実ではない。

あんしんして肯定的な態度を取ればいいと思う。
もちろん、同じになれ!と言ってるわけ決してではない。

「なるほどね」とか「そういうのもあるんだね」、「わかる!」など
一度受け止めたよというプレゼンテーションをした上で、自分らしさをプレゼンテーションすればいい。

正直。
否定をすることで自分を正当化する方法は、あまりに拙くて、幼い方法だと思う。
本当に自分や自分の考えに自信があるのなら、相手のことも受け止められるキャパシティーがあるはず。
否定をするのは自分のもろさをディフェンスするプレゼンテーションに他ならない。

受け入れることだけが、前に進むことではないのも事実。
全ての言動は必要や必然性があって引き起こされている。
だから、必ずしも、僕の書いた通りなことが唯一正しいわけではない。
ただ、否定し合わないで、お互いを認め合える関係性の広がりは、とても人を幸せな気持ちにさせてくれて、大切な人たちがそんな気持ちになってもらえたら、とても嬉しいなぁ~って思うから、ひとつのアイデアとして書かせてもらった。

「嫌い」とか「解らない」とか「苦手」とかじゃなく
「なるほどね」とか「そういうのもあるんだね」、「わかる!」って言葉を出来るだけ選択してみない?
カタチからでもいい。
やってみない?(笑)

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  by ecru-societe | 2012-10-21 18:15 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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