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信じる力の可能性。

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今日は寒いですね。。。
分厚い雨雲に冷たい雨。
間もなく雪になるんだろうなぁ~。

今日も会社でひとり、プランニングで頭をひねっています。
多くの方々にお越しいただいて、とても嬉しい限りです。



さて、今日は「信じる」ってことについて考えてみました。

どうしてそんな選択をするの?
どうしてそんなことを言うの?

大切な人が、自分に理解できない言動を起こすと、不安になるというか、「どうして?」という疑問がわきます。

「どうして?」まではいいと思うんです。
相手を理解しようとする行動は、とてもありがたい崇高な行動だと思います。
大切な人の場合、知ろうとするのはある意味、想定しやすい行動だと思います。

しかし、次の言動から、大切にする仕方の違いや「信じ方」の違いが出てきます。
それはどれが良いとか悪いとかじゃなくて、人によって様々な言動があり、変化がみられます。

例えば
「君が言うなら!」
そんな風に理解もせず、鵜呑みに「信じる」場合。

「もっと聞かせてよ!」
そんな風に、理解が出来るまでとことん膝を突き合わせ、信じられるポイントを明確にしていく場合。

「信じる」とはいったいなんなんでしょうね?

今日、僕が考えていたのは、「信じる」ことについての可能性です。
誰かを「信じる」ことで自分の可能性を増やしていくことに重点を置いて考えました。
その結果、今までの僕なら、あまり選択しなかった方法が浮上しました。

今までの僕は、どちらかと言うと不明確な中での「信」ではなく、明確にしていく中での「信」を軸にしてきたと思います。
しかし、ここ最近は、不明確でも信じる美学や可能性に少し憧れています。
不明確であったとしても、「自分が信じた」ということで自己責任を負えるほどの「信」に少し憧れています。

解るモノ
目に映るモノ
そんな明確なモノだけしか信じられないのでは、あまりに狭い世界の中にしか存在できないんじゃないでしょうか?
でも、それがダメってことではなくて、それはそれでとても価値があることだと思います。

ただ僕は今、目に映らない、理解が出来ない、不明確なモノも信じられる。
そんな力に少し憧れています(笑)。





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  by ecru-societe | 2012-11-17 19:25 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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