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例えば、学校の勉強も必要な訳。

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生きていくと言うことは、答えの無い問いへの解答を繰り返していくとも言い換えられると感じる。
世の中は、答えの無い問いだらけだ。

自分の出した答え(選択)が正しいのか?はたまた間違いなのか?
その判断基準は何がもとで行われているのか?
自分の直感からくる答えか。
自分の経験からくる答えか。
きっと様々なファクターの組合せで答え(選択)を導き出すのだろうけど、きっとそんな事すら考えもしないんだろう。

答えの無い問いだらけだと先ほど言ったが、少しばかり答えの有る問いもある。
それは学校で習った問いだ。
学校で(教科書をもとに)習ってきた問題の数々は、必ず答えが用意されていた。
「こんな問題、社会に出て何の役に立つんだ?!」なんて知ったかぶりをしたりもしたが、全ては答えの無い問いの足掛かりとなるモノだったと今は思う。
答えの有る問いも答えられない者が、答えの無い問いに挑むのは、太平洋の真ん中で落としたコンタクトレンズを探す様なニュアンスを感じる。

自分の直感を信じる事は、ある意味最も重要だと思う。
(信じきる力を持っているなら)それに勝る答えの出し方(選択の仕方)は無いとすら感じる。
しかし、直感を形成するファクターに経験があり、その経験の中で正確な情報とは、答えの有る問いの答えや正確に取られたデータなど論理的なモノであることは間違い無い。

ただ、経験は過去のモノ。
新たな未来を切り拓くには、それらを超越したインスピレーションかも知れない。
しかし、自分の未来を信じ切れる強さは必要となるだろう。
なぜなら導き出した答えの先(選択の先)は、いつも同じ結果や現象を引き起こす訳では無いからだ。
ひとつの選択を続けると言うことは、当然に得るもの失うものが同時に存在するし、照る日もあれば曇る日もある。
そんな中、目に映る現象にとらわれると、そもそもひとつの答え(一方向の選択)など不可能。
日和見で生きていくことになる。
もちろんそれもいとおかし。
その選択も(自覚があれば)おおいに有りだと思う。
ただ、自分の未来を自分で思う方向に切り拓きたいと思うなら、運命に従うだけで無く因果の法則をはたらかせたいと感じてるなら、自分の未来を信じ切れる強さは不可欠になるだろう。

自信を持って未来へのぞむには、結局準備が必要だと強く感じる。





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  by ecru-societe | 2014-06-23 11:25 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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