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「祈り」よりも更に。

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相手の仕合せを願う「祈り」は最も崇高な思いやり、愛情だと思っていた。

そう信じて二十数年間。

二十数年前の高校時代の日記にもそう書いた。
自分のモノにしたい、自分の彼女にしたいと思う気持ちは決して愛とは言えない。相手の仕合せを一番に考えられてこそ愛だ!と。

綺麗事でも負け惜しみでもない。
嫌いになれれば楽だっただろうけど、そうなれず、ずっと好きだった気持ちの単純な着地点だった。

そんな事を思い出したのは、久しぶりに渡辺美里さんの「ribbon」を聴いている時に妻が、「寂しくないけど、寂しく思えた」と言った言葉からだ。

僕にもっと出来た事があったんじゃないか?って感じた。

「祈り」は最も崇高な愛情だと思っていたが、それだけではダメだったと思った。
実質的な力を必要としてくれる瞬間には、手をさしだせてこそ、意味があると感じた。

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この事は色んな事にあてはまる。
想っていれば良いとの考え方は、正解には至っていないと思う。
想いを実際のカタチに出来てこそ、意味がある。
もちろん、想いをカタチにするのは難しい。

想いは複雑だし変化もする。
カタチは単純だし変化しづらい。

それでも想いはカタチにしようとしなきゃいけないのではないか?と思う。

寂しい思いをさせない為にも。
安心を感じていてもらう為にも。



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  by ecru-societe | 2016-08-16 23:14 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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