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信じるモノ

宗教の強引な勧誘がニュースになっていた。
そのニュースとは全く関係は無いのだが、ちょっとあたまに過ぎったコトを書き綴ろうと思う。

『宗教』ときくと、何だか自分とは全く関係ない世界とか思われる方も現代には少なくないのでは無いかと思う。
しかし、『宗教』とは言葉に過ぎず。
言い換えると『信念』とか『理念』とか『哲学』などとも言い換えることが出来る。

つまり『信じるモノ』。


信じている人にとっては、当然信じているコトが正しいことなので、その正しいと信じるコトを守ろうとする。
それが押し付けがましいと外から感じる時もある。
きっと信じている人にとっては、良かれと思ってやっていることなんだろう。
良かれと思い薦めれば薦めるほど押し付けがましいと映る。
なぜ良さが解らないのか?!とよりエスカレートする。

『宗教』じゃなくてもよくあることだ。


信じるモノ ≒ 目指すモノ


自分が大学の時の教授は、コンセプトがシッカリと観えていない状態では絶対に線を引かせてくれなかった(図面を書かせてくれなかった)。

何か目指すモノ(目指すところ)が無いと、つじつまの合った美しいモノなど出来ない。
それは正しいコトなのだろう。
しかし、目指すモノ(コンセプト)が正しいか否かは、視点や状況や環境、立場や時代や人によって違う場合もあるのかもしれない。

でも、世の中は常に右があれば左があり(右があるから左がある)。
陰があれば陽がある(陰があるから陽がある)。
静があれば動がある(静があるから動がある)。
プラスがあればマイナスがある(プラスがあるからマイナスがある)。
その両面が常に存在するのが世の中。

『正しい』とはその方向性でなく、首尾一貫にあるのだと自分は思う。
言い換えると、自分と違う意見が間違っていると思うことは間違っていると感じる。

もっと言うならば、『迷い』や『不安』が『信じる』気持ちをより強くするのかもしれない。

  by ecru-societe | 2007-01-12 00:35 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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