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見吉屋

今日は東京から遊びに来ていた弟をJR福井駅まで送っていきました。
そこでお昼ごはんは『見吉屋』でいただきました。

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『見吉屋』では食べたいメニューが沢山。
めっちゃ迷うんですが、定番の『冷やしたぬき』か『上カツ丼』をいつも食べてしまいます。
今日も『冷やしたぬき』と子供が残した『上カツ丼』を食べてお腹いっぱい。

そこで、みどりの日ということもあり、足羽川沿いを散歩しました。

b0097729_23125269.jpg天気も良く新緑が色付き、とても綺麗でした。

ちょっと暑かったです。
夏日だったんですね。 今日。

土手にはシャガやヤマブキ、菜の花やカラスノエンドウなどが咲いていました。

橋の下ではバーベキューをする人。

遠くの山まで綺麗に見えていました。

桜のときの足羽川堤防がいいのは勿論ですが、今の時期も歩くと気持ちがいいです。

もうすぐアジサイが咲きますね。

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  by ecru-societe | 2007-05-05 00:00 | | Trackback | Comments(6)

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Commented by じじ at 2007-05-08 14:30 x
芽生えの時期はいいものである。

自然を敬愛し、
自然とネゴシエーションしながら生きていく。
そして、自然に活力を頂き、多くのことを学ぶ。

自然に耳を傾ける姿勢
これが、日本人の人生観であり、生き方でもある。
そして、その思想が、
弱いものや、自分を主張できないものへの思いやりに結びつく。

「美しい国、日本」の美しさは、
こんなことの回帰から始まるのかも知れない。
Commented by ecru-societe at 2007-05-08 23:00
●じじさん
気候や自然は人の思考や感情などに大きな影響を与えることを、自分が住む地域を変えて身に沁みて感じています。
そして、人は自然の中に生きていることを実感します。

人はさすらうべきですね(笑)

あと、コレも自然や福井に教えられたことですが、個は流れの中にあり、それを知れば何をすべきかが観えてくる。
それが先祖であり子孫。 つまり家という考えなんだと知りました。

憲法9条の解釈や憲法改正の話も単に時代の流行でモノを観るのではなく、魏の那の和の時代から未来への方向性の中で今何をしなくてはならないのか?と観れるようになるのも、桜が咲くのは10年後にも20年後にもそこに花が咲くためだと思います。

『美しい国、日本』は日本の歴史を見直し、ご先祖様は何を自分達に残そうと試練に乗り越えてきたのかを知り、自分達の代で方向性の中で今何をしておくべきなのかを考える当たり前の作業をしなおして欲しいとの安倍さんからのメッセージでないか?と自分は感じています。

17条憲法に「和をもって尊しとなし」とあります。
聖徳太子の時代から今に至るまで。。。
Commented by じじ at 2007-05-09 11:48 x
人間は「自然と共に生きている」と言うより「生かされている」と言った方が正しいのではないかと思います。

お釈迦様の悟りの根源「因縁の法」は科学的にも叶っております。

地球上に生物が生まれて以来のDNAが綿々と受け継がれて今日の「個」の存在があります。その最も身近なつながりが「先祖であり子孫」であるのです。

華厳経の世界観では「路傍の菫が咲くのも、また萎れて散るのも、全宇宙のシステムとそのバランスでの成り立ちであり、その包含の中で、菫は「菫」であり、「桜」ではないのだ」と教えます。

仏教が入って、政治にも仏教思想が取り入れられ「和をもって、貴しとなす」という考え方に代表される「協調の精神」が、日本人のDNAとして大きな影響を与えました。しかし、現在、生きていく上での座標軸を失いました。大きな問題です。

Commented by じじ at 2007-05-09 11:48 x
憲法9条の解釈や改正等々の問題は、難しい課題です。
広い視野に立ち、長い目で観ることが是非必要ですが、人間が本来持っている「正しい目的で勝ち取った技術や力は、利益という魔物の前で、制御できない欲望の虜になってしまう」と言うどうしようもない指向を理解することも必要です。
これに感情も含める必要がありますね。
ダイナマイトがしかりです。

司馬遼太郎も「翔ぶが如く」の中でこう言っています。
「政治がもし論理で動くものであるとすれば、人類の歴史は遙かに輝かしいものであったろうと思われる。しかし政治において論理と言う機械の作動する部分は不幸にも僅かしかない。それよりも利害で動くと言うことは大いにあるであろう。しかし、革命早々の日本国家の運営者たちは、政商の利益を代表していなかった。むしろ感情で動いた。感情が政治を動かす部分は、論理や利益よりもはるかに大きいと言えるかも知れない。」

実にそんなものだと思います。安倍内閣の支持率が渡米しただけで上がるのですから。言ってみれば怖いものです。
Commented by ecru-societe at 2007-05-09 23:55
●じじさん
生きていく上での座標軸≒封建的支配とも考えることができます。『家』。自分は素晴らしい考え方のひとつだとは思います。しかしまるで数学の公式を覚えこむように、なぜそうなるのかという最も大事な数の学問の部分を飛ばしてしまいがちなのが封建的思想。仕事上よく耳にするのが長男だから親の面倒を見なくてはならないいう言葉。~しなければならない?ちなみに民法上は長男と次男の相続権は50/50。大事なのは法律でも封建的思想でもなく、その人の考え。最も大事な生の気持ちが、誰かが作る軸にもみ消されたり、解らなくなってしまったり…そんなことも起こりうるのが外圧から持たされる軸。軸は自分でつくるモノ。みんなと同じようにしているのは楽?そうでもない?自分で自分の軸を持つのも大変なこと。思想の自由を個々に任す世の中には賛成です。ただ、任されるということは如何なる事か、自由とはどういうことなのかを理解する教育。思想が多様化して時、コミュニティーを維持していく為にコミュニケーションが必要で、そこへの努力無くして思想の自由がありえないといった共通認識は持っていたいものです。
Commented by ecru-societe at 2007-05-10 00:47
●じじさん
宇宙は常に良くなろうとする力に満ちていると仏教の考え方と聞いたことがあります。
素晴らしい発明のほとんどが失敗に近い偶然に生まれているのは、宇宙が進歩を望んでいるから力を貸してくれた。
それがビッグバンセオリーで、現在の人間は自分の力と誤解して技術におごっている。
宇宙からのブレイクダウンと知れ!と稲盛さんも言ってます。

理論でなく、利害でなく感情。

感情とするか、ご先祖様の導きと信じる人もいれば、神の力と感じる人も、宇宙の力と思っている方も、、、スピリチュアルな世界はあるのかもしれませんね(笑)

そしてその世界は進歩を望んでいることを信じていた方が、前を向いて生きていけるかの知れません(笑)

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