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2007年 08月 14日 ( 1 )

 

ならまち

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ならまちはさる沢の池以南、もちいどの通り付近にあります。

平城京時代は、都の外側にありましたが、京が京都に移った後も奈良に残った東大寺や興福寺の仕事をされていた方々が住み着いたといわれています。

鎌倉時代には大寺院の保護の下発展。
室町時代には市が開かれ商業が発展しました。

室町後期には下剋上の風潮がおこり支配層が混乱したため、社寺の支配を離れて自治意識が高くなるとともに、町民として自立するようになりました。

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安土桃山時代には、郡山城に入った豊臣秀長の支配下におかれました。
秀長が郡山の繁栄をはかり、強大な興福寺の勢力を抑えるため、ならまちの商業に統制を加えました。
そのため、ならまちは沈滞してしまいます。

江戸時代に入って奈良奉行が置かれると、晒(さらし)や酒などで産業の町として活気を呈します。
江戸時代中期以降、墨以外の産業は衰え、東大寺や春日大社の門前町としてようやく命脈を保ちます。
(資料:奈良市観光情報センター)

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  by ecru-societe | 2007-08-14 08:14 | 家族・地域 | Trackback | Comments(0)

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