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2007年 11月 28日 ( 2 )

 

思いをこめたカタチ

『考えた“量”や、“質”みたいなことは、なぜか伝わっていくんですよね。考えているビジョンというか、その“純度”が高ければ高いほど、バーンと人に心に届くのかなと思うんですけどね。』

届くと幸せです。
それこそが幸せです。


人の心には中々届かない。
何度も何度も同じ言葉や同じ内容を伝えても、中々伝わらない。

『言葉』

言葉は目には映らない。
でも、カタチは目に映る分、先ほど書いたように錯覚もあるが(錯視)、結構伝わるコトもある。
自分の場合は、逢ったことも無い人でもその人が設計した家などに足を踏み入れると、その人がそばに感じられるときがある。
今回内覧会をした『育みの家』でもそのコトは感じた。



今回の『プロフェッショナルの流儀』はトークスペシャルで、クリエーターたちの言葉と題した特集だった。

カタチに自分達の考えや想いや、時には信念を注ぎ込む人たちの言葉。
でも、その人たちはやっぱりカタチに込める方が得意なんでしょうね(笑)


『僕はトレンドを作るためにデザインはしていないんですよね。そういう消費されるようなデザインはあまり好きじゃないんです。“10年後見ても古くさくないもの”というのが自分の目標です。』

真実を探している。
自分はそう感じました。
その場だけのツジツマじゃなく、首尾一貫した真実。
原理原則は時を越えます。


『いい装丁が一つ出来れば、それでなんかね生きていられるという感じなんですよね』

かなり苦しんで生きているのが感じ取れます。
そこに共感がもてます(笑)
自分の世界を持てば、ひとりぼっちになった気がする日も少なくないですし。
鈴木氏がそうなのかどうなのかは解りませんが(笑)
心に響く言葉です。


“負ける建築”

建築家・隈研吾さんの有名な言葉ですが、つまりは調和や順応を意味するのだと自分は感じています。
『ハッ』とするような言葉遣いはさすがだと思います(笑)


言葉よりカタチに込められたメッセージが真実なのかもしれません。

  by ecru-societe | 2007-11-28 00:26 | Trackback | Comments(4)

錯視

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錯視ってご存知ですか?
自分が大好きな番組『爆笑問題のニッポンの教養』で北岡明佳先生の錯視が取り上げられていました。

自分もずっと感じていました。
同じモノを見ても同じように感じ取れていると思うのは全く錯覚だと。
目の前にあるリアルなものですら、こんなに錯視を起こすのだから、真実は本当に観ることが出来るのだろうか?

錯視には個人差があるそうです。
上記の柄(ヘビ)は動画ではありません。
静止画です。

自分は動いて見えるのですが、動いて見えない人もいるそうです。
動いて見えない人はこの場合真実が見えているわけですが、自分には動かないで見える人がいることが信じられないぐらい動いていないと知りつつ動いて見えます。

この場合、自分に知識が無いと(動いていないことを知らないと)、動画として認識し、そのまま死んでいきます。
一生正しいことを知らずに末代まで恥じます。
自分を超えることは出来ない。
自分を超える唯一の方法は、今の自分を疑い、学び、身に付けるコトなんだと、この錯視を知り、怖いぐらいに思いました。

しかし、知識をつけてもこの柄(ヘビ)はまわり続けます。
人は本当に学べるのでしょうか?
視覚を信じないで目に映らない真実を信じる。
そのことが本当に大事なんでしょうね。

あと発見したんですが、めっちゃ離れて見ると回らなくなります。
客観的に見るってことでしょうか?
客観的に見ている視点が既に主観なんですけどね。

  by ecru-societe | 2007-11-28 00:00 | TV・シネマ | Trackback | Comments(0)

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