2018年 07月 08日 ( 1 )

 

より良い社会の為。

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自分以外の誰かの事を
否定する事で
自分の意見に賛同させようとする論法
よく耳にする。

確かに分かりやすいし、共感を得やすい。
分かりやすい事は重要だし、共感を得る事も必要だ。

でももしその意見が、(わたくし(個)の利益の為では無く)より良い社会(公)の為に発しているとすれば、、、
他人を否定する事で得た賛同では、その効果を得ない。

(ルールを守っている)自分以外の人や団体を拒否し追いやる事で、社会が発展する筈もなく。
むしろ逆で、取り込む事でしか発展はあり得ないからだ。

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だとしたら、冒頭の、自分以外の誰かの事を否定する事で自分の意見に賛同させようとする論法を使う者は、結果的に、単なる自分の利益の為に他人を利用するペテン師となってしまう事は、容易に理解出来る。

しかし、論法を使っている本人は、その事に全く気付いておらず、無知なあまりに社会(公)の為だと信じ切っているから、いつもとても困難な状況を生み出す。

無理が通れば道理がひっこむって事にもならないとは言えない。

だからこそ成熟した教育が必要だと思うが、この種の教育は学校の範疇を超えて来る可能性が高く、本来は家庭ですべき教育だとは思うが、我が家を含めて家庭自体が成熟しているとは言い難く・・・もしかすると伝統や人々の想いを積み上げてきた神社やお寺が役割を発揮出来るのではないか?と感じる。
後は、芸術かな?

難しい事には変わりないが・・・



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  by ecru-societe | 2018-07-08 12:49 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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