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カテゴリ:日記( 1476 )

 

ストーリー

「正直者が馬鹿を見る」
それはそれで否定しきれないと感じたりもするが、今のところ、僕の結果は、「正直者は馬鹿を見ず、結果に結び付く」となっている。
もちろん、皆さんのおかげがあっての事で、正直だったからとかでは無く、偶然と言うか、神様のおかげと言うか、幸運や人に恵まれている。

それなのに、先日、先輩から「毎日ちゃんと生きている人は、ずっとちゃんと生きていけるよ!」って言われた時、不条理な世の中でそうとも言いきれないのでは?と感じたのはどうしてだろう?

もちろん、結果が出なくても不条理が続いても、僕は正直に歩んで行くのは行くのだが、それは報われたいと思っての発想ではなく、あざとく生きて行く大変さを選択するより、正直に生きて行く大変さを選択したいと思うからだ。

確かに、複雑な日々に直面すると、あの日あの時(高校生の時)、もっとうまくもっと深く出来れば、そのタイミングで一緒にいる事が出来たのではないか?と脳裏をよぎる日もある。
でも、全て必要な出来事が起こっただけで、(一緒にいるのは)今だったと考え直したりもする。
だとすると、正直者は馬鹿を見ないと言う事になる。
先輩の言う通りだ。

正直者があざとい者に馬鹿にされようと、そうで無かろうと、いずれにせよ、僕は正直に精進する。
今日に至るあの日の様に、ある日、僕の力を必要としてくれる誰かが目の前に現れた時、ちゃんと力を発揮出来る様に、もっとうまくもっと深く対応出来る様に精進する。

決してあざとい者に影響されない。
自分のペースを崩さない。
そうあろうと、これからも精進する。

https://youtu.be/yx97ODQcDd0



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  by ecru-societe | 2020-01-15 23:54 | 日記 | Trackback | Comments(0)

クラシック音楽

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子供の頃、リビングにあるレコードプレーヤーで、母がクラシック音楽を聴いていると、歌謡曲にしてほしいなぁ〜と思った。
今は、ほぼ毎日、クラシック音楽を聴いている。

良いモノが解るには、多くの時間を要するモノもある。

伝えたいけど伝えた難かったり、言葉にすると難しかったりする事に程、重要な事が多く含まれていたりするのもだから、厄介なのだが、だから専門家などに任せるという事が存在するのだろう。

しかし、それも含めて選択は自分自身にある。
人のせいにしてみても、何の意味もなく、早く自分で責任を負って進んでゆく方が良い。

自分の選択
自分の良い
それは自分の中に存在している
自分を超えては得られない。

子供の頃、クラシック音楽を聴いて良いと思えなかったのは、僕の中の良いの範囲にクラシック音楽が入っていなかったからだ。

様々な感情を覚えて、多くの音や表現などを知り、そこ結果僕の良いの範囲が広がったり洗練されて行った結果、クラシック音楽が好きになった。

だから時間がかかった。

感情の深み
表現の深み
色んなモノやコトの深みが増す程、感じられる良さは、一朝一夕に得られるモノでは無い。
だから、民度や文化レベルをはかるバロメーターにもなり得るのだろう。

さて、今日もクラシック音楽を聴こう。



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  by ecru-societe | 2020-01-12 23:55 | 日記 | Trackback | Comments(0)

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます_b0097729_20415846.jpeg

あけましておめでとうございます。
皆さま、どの様なお正月を迎えられましたでしょうか?

我が家は、「家(家族)」の意味と言うか、印象を再認識する、また投げかける年末年始でした。

「一番いけないのは、独りでいる事とお腹が空いている事」
サマーウォーズのセリフをヒントに、それぞれがイメージしてみる事で今年がスタートしました。

いつもと変わらず、家族がそろってごはんを食べました。

今年もよろしくお願い致します。



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  by ecru-societe | 2020-01-05 20:40 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ホームパーティーをしたいと思うなら【最終話】

前回までのあらすじ
悪い男に惹かれる女。
その女の選択だから正しいのだろうと、自分の気持ちは押し殺し、自分の出来る事を考え続けるもう一人の男。
しかし、何度も涙をこぼす事になる女。
どうして女は良い男ではなく、悪い男を選ぶのか?
それは、人を動かすのは、理性より衝動の影響が大きいため。
衝動を否定しては人は動けない。

では、どうすれば涙をこぼさずに(後悔せずに)済むのか?
それを考えよう!

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お気付きの通り、この三角関係の話は、妻と僕に起こった事を、話が解りやすくなる為にディフォルメした話です。
この僕らの三角関係。
妻と僕という事は、最終的には僕と妻が一緒にいるという結末になっていますが・・・それは20年越しの奇跡と20年間付き合って来てくれた方々のおかげであって、一般的にはそうはうまくはいかないと思うのです。

どうすれば、涙をこぼさずに(後悔せずに)済むのか?
衝動と理性を一致させる事が出来ないか?
いつもそれを考えるのです。

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これによく似た事で、お住まいの計画のご相談をお受けしている時にも、同じような事を考えます。

例えば「家が出来たら、ホームパーティーをしたい!」
その衝動からくるビジュアルを追い求める。

広いLDKはウッドデッキにつながっていて、オープンキッチンでは友人たちと楽しく料理をつくる。
そんなイメージが脳裏にはイメージされているのでしょう。
今はホームパーティーをされていますか?

因みにですが、我が家もホームパーティーをよくします。

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子ども達もよく友だちをたくさん呼んで、クリスマスパーティなどしていました。

我が家はホームパーティーをよくしますが、賃貸に住んでいた頃は、ホームパーティーは出来そうもない状況でした。
新居を建ててホームパーティーをするようになったのは、リビングが広くなり、ウッドデッキが併設され、使い勝手の良いキッチンになったからだけではありません。
衝動的に走らず、衝動を持ちながら理性を働かせた結果に他ならないのですが・・・

その事を知って、一緒に考えていただきたいと思うのです。

なぜなら、もしかしたら一生に一度のお住まいかも知れません。
理想と現実の狭間に涙する事がない様に、一緒に考えていただきたいのです。

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ポプラの枝になる。
それは、(何年かかったとしても)あなたの良いを実現させたいから。
先ず、その事を分かっていただきたと思います。
その上で、衝動を実現させる為の衝動との上手な付き合い方を知っていただけましたら幸いです。
もちろん、お手伝いさせていただきます。





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  by ecru-societe | 2019-12-24 17:46 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ホームパーティをしたいと思うなら【第2話】

前回のあらすじ
恋愛でよくある話
好きな女性が、別の男性の事を想っている。
そしてその男性は、その女性の事を大切にはしない。
その男性に傷付く度、ココに来て涙を流すその女性を密かに支えるのは、好きな人にシアワセであって欲しいと思うから。
一緒にシアワセに成れるとこんなに嬉しい事は無いけど、彼女が選ぶのは僕では無く、その男性。
そういう話の続き。

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どうしてポプラの枝に薄々気付きながらも、「君の心がわかる」と容易く誓える男に、なぜついていき、なぜ泣く事になるのか?

それは植木等も言っているように、理性より衝動により、人は動かされるからだろうと思います(分かっちゃいるけどやめられない)。

理性 < 衝動

僕に出来る事は、信じる事だけでした。
きっと彼女の選択だから、それが彼女にとって正しいのだと。

でも、彼女が泣く事になる。。。

それでも、塞翁が馬で、雨降って地固まる事もあるのだと思って、その時に出来る限りのポプラの枝になる事が、僕の出来る事と思っていましたし、今でもそう思っています。
とは言え今は、実質的に共に歩んでいるので、ポプラの枝ではないです。
それは、結果的に「塞翁が馬」が思わぬ方向に転がり、奇跡が起こったおかげで、実際の生活の中では中々奇跡は起きないのではないでしょうか?

だとしたら、彼女はどうすれば良いと思うか?をチョット考えてみてくれませんか?

衝動を否定してはいけないと思います。
それが無いときっと人は動けません。
でも、衝動を実現させる為の理性の使い方ってあるのではないでしょうか?

次回は、その事を書きたいと思います。

・・・つづく・・・






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  by ecru-societe | 2019-12-23 18:28 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ホームパーティをしたいと思うなら 【第1話】

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「君が涙の時には、僕はポプラの枝になる」

ポプラの葉で無いと癒せないのが分かってるのに、ポプラの枝になるのがポイント。

「孤独な人につけ込む様な事は言えなくて」

だから、精一杯がポプラの枝である事に、気付いているのに「横山君の様な人を好きになれば良かったのになぁ〜」と残酷な言葉を残してソイツのもとに行ってしまう彼女。

僕もバカだから、それでも彼女のシアワセを祈っている。

彼女も大人を通り越してオバさんになり、ポプラの枝にも気付けるし、「君の心がわかると容易く誓える男」の言葉の薄さにも気付ける様になった。

僕も、大人を通り越してオジサンになって、ポプラの枝では無く、つけ込む事なく導ける力を、あの頃よりは身に付けられたのかも知れない。

だから今のぼくなら、「新居を建てたらホームパーティをしたい」と思っているあなたにも伝える事が出来るかな?



・・・つづく・・・






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  by ecru-societe | 2019-12-22 23:13 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ちなみ誕生日

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最近ずっと気になって調べている事のひとつに、5〜600年代付近の事がある。

もとはと言えば行く所行く所、耳に残っていた瀬織津姫とご縁があったのが事の発端。
すると持統天皇、蘇我氏・・・推古天皇、聖徳太子・・・と調べて行く事になった。
藤原不比等などと時間を行ったり来たり。

ちなみ上の絵は雪丸。
聖徳太子の飼っていたとされる犬。

瀬織津姫に連れて来てもらった時間の旅。
歴史を知る事は大事な事?
調べればと調べる程、わからなくなった。

様々な解釈や様々な立場、様々な書き替えを繰り返されただろう歴史上の事柄。わかってきたのか?事実から遠ざかっているのか?
そんな事を感じた。

誰がどの様に解釈しようと、全ては良いも悪いも無く必然で起こり繋がって今日まで運んでくれた。
今は真実。

そもそも歴史認識をちゃんと持つ事が困難だし、、、
やっぱり今が真実。

そう考えると歴史を知る事が意味があるのか?そんな事より今を考える事に時間を費やすべきでは無いか?などとも思えた。

しかし大事だと思った事は
曇りなき眼で見定める力だとは思った。

色んな立場で色んな表現がある。
それらはある意味ではどれも正しいとか間違っているとかの言葉に置き換える必要性も無い事かも知れない。

ただ、人はその人の言葉や解釈で表現するのは当然だから、それを自分の言葉にする必要はあるのかも知れない。

その意味で、数多くの立場からの数多くの表現を知る事は、有意義な事とも言えると感じた。

その上で、やっぱり今が大事だとは思った。

ちなみ、今日は妻の誕生日だった。

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  by ecru-societe | 2019-12-01 23:10 | 日記 | Trackback | Comments(0)

感が良い・感が鈍い・感じない

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本当にそれは常識なのか?
本当に知っているのか?

学校で習ったからって、その情報は正しいのか?
ましてやテレビやインターネットで拾った情報から組み立てた考えなんて、大丈夫なのか?

そう考えると何を信じて何をベースに思考を積み上げれば良いのかが解らなくなるだろう?

基準は自分だ!
自分自身が感じる感覚だ!
脳は使ったらダメ。
脳に入っている常識や情報は、事実かどうか疑わしい。
だから脳は使わず感じるのだ!

神の声をひたすら待って、聞こえたら腹を決める。
それが正しい選択の仕方だと僕は思う。

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しかし、多くの人は感じない努力をしている様に思う。

困っている人がいても目を合わさず通り過ぎる。
道でゴミが落ちていても拾ってゴミ箱まで持っていかない。
人が忙しそうにしていても「私の仕事では無い」携帯の画面を見て自分の世界に閉じこもる。

まぁ、わからなくも無い。

困っている人を感じて、その度、同じ気持ちになっていたら、自分が持たない。
ゴミを拾うと、捨てる人に対して腹が立つ。
どうせ掃除を仕事としている人がいるから、その人が掃除するだろう。
そう思わないと疲れてしまう。
忙しい人に合わせていたら、ずっと忙しい事になってしまう。

そんな風に考えるんだろう?

でも、感じない努力をはじめた人には、もう聞こえない。
感じるには努力が必要なのに、感じない様にしてしまったら一瞬で聞くべき声が聞こえなくなる。
そのリスクも知らず、見猿聞か猿言わ猿、いや、不満はいくらでもたれるので、まともな事を言わ猿となる。
まさに猿だけに「ひとでなし」となる。

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何やかんや言って、どうなんだろう?
全ては必然。
起こる事全ては、起こるべくして起こる。

感じない努力をする人も
滝に打たれて感じる力を高める人も
誰が正しくて、誰が間違っているとかは無く、それぞれの人が(自覚してようがそうでなかろうが)自分の役割を果たしているだけに過ぎないのかも知れない。

そう考えると、この事を書く事も必然で・・・
読んでいただいた方も読むのが必然。

ある事実に気付くきっかけとなる人もいれば、「???」って人もいる。
スルーする大半の方々もいる。
当たり前の事だと思う人もいる。

僕はブルースリーに従う。
「考えるな!感じろ!!」



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  by ecru-societe | 2019-10-29 17:07 | 日記 | Trackback | Comments(0)

歴史

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伝え聞く歴史(物語り)や、時には事実でさえ
当時の権力者などによって
書き換えられたり曲げられる。

だから、どんな時もそうだが、特に歴史を観る時は、鳥瞰的な見方から考えていく必要がある。

鳥瞰的である事。
出来るだけ高くから(多角から)広く眺める事。

どこまで高い位置から眺める事が出来るのかは、観る人の力による。
力とは、出来るだけ正確な情報を出来るだけ多く得る事。
他に、物理を知る。深く人を感じる。などなど様々なモノが力となり得る。

しかし幾ら力を望んでも、自分を超えて、観る事も感じる事も出来ない。
自分が触れている世界は、自分でしかないのだ。

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コレもどんな事にも言える事だが、歴史上の事実においても、そもそも良いも悪いもない。
あるのは必要な事。

全ての事は、今につながる為に必要な事だっただけで、もしある事実に評価が存在するのなら、それは時の権力者の都合。
もしくは、自分自身の価値観や好みによるもので、ある事実には、良いも悪いもない。

だいたい、他人の事をとやかく評価するのは、良識のある者のすることでは無く、自分の事が自分で評価できる様に生きて行きさえすれば良い。

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自分だけの正義を振るい、自分勝手に生きれば良いと言っている訳ではない。
自分に正義がある以上、他人にも正義がある事は、当然の事で、それを知らないのは良識のある人間とは言い難い。

ただ、自分を評価できないのでは、折角いただいた人生の意味が理解し難くなる。

そもそも世間などは、右に左に寄せては返す波のようで、あっさり評価を覆すもの。
浮世とは、そういうニュアンスを表現した言葉に思える。
だから、プロパガンダに影響される必要性は無く、事実だけを曇りなき眼で見定める、その眼を持っていれば良い。
その眼は、自分に恥じない生き方をして、そこで得る経験や知識から深まって行くものだと思う。




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  by ecru-societe | 2019-10-27 14:50 | 日記 | Trackback | Comments(0)

僕の友人。ジャンヌダルク的天才児。

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ジャンヌダルクは、本当に神の声が聞こえているのか?
予言が的中はしても、そう思う者もいる訳は、他の者には、神の声が全く聞こえないからだ。

天才が実績を積んでも、評価出来ないのは凡才だからだ。
それだけが理由では無いが、それは大きな要因だ。

お施主様のお子さんに天才児がいる。
幼稚園児の頃、お住まいの打合せについて来てくれていたその時の出来事が、僕にはとても印象的だった。
幼稚園児が発する言葉はいつでも、とても正確で、デザイナーである僕は、とても聞き取りやすい言葉だった。

大抵の人は大人でも、その場の雰囲気や感情などで言葉が乱れたり正確さを欠くのが一般的だ。
しかし、その幼稚園児は、(お母さんのおかげが大きいが)とても安定的で正確に状況を説明出来た。

今日、小学二年生になったその天才児の言葉が乱れた。
きっとある意味で世間を知ったのだろうと感じた。

天才児の言葉は、それと同等以上の力を持ち合わせた者にしか聞こえない。
しかし、大人でも正確な言葉を使う事が出来ないのが、この世間。
ましてや小学2年生の世界では、天才児の正確な言葉はなんの意味も持たないだろう。
もっと別の力が評価される環境なんだろう。

その事が、今日、天才児の言葉が乱れた事で、観て取れた。

ジャンヌダルクが、火炙りになる前に、聖人と評価される方法は無いものか?
そう考えさせられた。



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  by ecru-societe | 2019-10-20 22:21 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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