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カテゴリ:日記( 1445 )

 

今日の日はさようなら また会う日まで?

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もしかしたら・・・一見すると同じに見えて
昨日の僕は今日には消えて、明日の僕は別の存在なのかもしれない。

細胞の並びは、きっと違う
日に日に老いるし
変化し続ける。

だから、昨日と今日では、同じに見えても別の存在になっているのかもしれない。

子供たちには会えるけど、あの日の子供たちには会えない。
あの日の子供たちは、全く別の存在なのかも知れず、あの日に出逢って、あの日に別れたのかもと感じる。

今日の君には、今日しか会えない。
明日の君は、今日の君とは別の存在なんだ。

1日も逃せない。
もう二度と会えないのだから。



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  by ecru-societe | 2019-05-18 22:03 | 日記 | Trackback | Comments(0)

型があるから型破り、型が無ければ形無し

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例えば、カタチ(形状)の歴史を学び、流れを知り。
カタチの理由を理解し、意味を感じられるようになる。
それが、学問を習得し従事してきた者なんだと思います。

武道などにおける「守破離」も同様のニュアンスがあると感じます。

型があるから型破り、型が無ければ形無し。

しかし、形無しの方が世の中には多く出回っています。
しっかりとした知識を得るには決してお手軽では無く、時間や費用、様々なモノを費やす必要があります。

しかしそこまでして知識を得ない多くの方々が評価するのは、容易に得られるモノなのかも知れません。
(インスタント・グラティフィケーション)

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僕や会社にとって、世の中の動向(インスタント・グラティフィケーションなど)よりずっと重要なのが目の前のお施主様です。

例えばあるお客様にとって、「型破り」でも「形無し」でも、そんなのどちらでも良くて、「インスピレーション」や「(その時の)カッコイイ!」を重要にお考えだとしましょう。
その場合、先に「型」をご説明してしまったら、その感性に影響が出ないか?と考えてしまうのです。

Don’t think!
Feel.

いつもご提案の仕方が難しいと感じます。

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いつも何処からでもはじめられます。
いつも何処からでも出来る事はあり続けます。

だから大事な事は、いつもその時も側に居る、側に在る事だと考え、話の流れをよもうとして提案するようにはしています。

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難しい事はさておき、楽しむ事が重要です。
「楽しむ事」とは、「楽な事」と大きく違います。
それは「型破り」と「形無し」との違いに似ています。

また難しい話になりそうなので、今日はこの辺で!(笑)



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  by ecru-societe | 2019-04-30 08:43 | 日記 | Trackback | Comments(0)

不完全性

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美しい」が好き
「醜い」は嫌い

でもきっと「美しい」とは、「醜い」が微量含まれている必要性がある。

完璧な美が美しいのでは無く、完璧な美が微妙に崩れた瞬間が美しいのだと思う。

その微妙な歪みやズレ、隙間みたいなところに、人間らしさや温度の様なモノを見出し、美しいと感じるのだと思う。

「混沌」は嫌い
「秩序」が好き

でも最も心地良いのは、秩序の中にカオスが密かに存在している状態と感じる。

不完全性

それこそが人間が人間であるという事とか



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  by ecru-societe | 2019-04-25 23:18 | 日記 | Trackback | Comments(0)

秩序と多様化

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世の中に、10:0での善悪が存在する確率が極めて低いと感じるが、「コメントする気にもならない」って事は存在する。

でも、本当に「コメントする気にもならない」と感じるなら、意識から消し去った方が良い。
そんなモノに付き合っている時間が勿体無い。
もっと時間を割くべき事があるのだから、そちらに気持ちや力を向ける為にも、すぐにでも消し去った方が良い。
昔からそう思ってきた。
そして、訓練の結果、直ぐにリセット出来るようになってきた。
冷酷な迄に・・・

しかし、世の中には、色んな見方をする者が存在するなぁ〜。
宇宙は膨張し続けているのか?

今日は長女の友達が5人で泊まりに来ている。

一緒に晩御飯のカレーを食べながら話に加わって思ったのだが、団塊ジュニアの僕らの世代より、個性への向き合い方が上手いと感じた。
バランス感覚というか・・・
とても興味深く面白かった。

多様化が進むと分裂が起こって、秩序が保ち難いのかと感じていたが、そうも言い切れないのかもし



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  by ecru-societe | 2019-03-28 00:58 | 日記 | Trackback | Comments(0)

天上天下唯我独尊

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「絶対」と直ぐ言う人。
椎名林檎さんでは無いけど
僕もそう言う人は信用しきれないと感じる。

「正義」と直ぐ言う人。
同様だ。

決して簡単では無い。

僕だけの話。
僕だけの問題なんだ。

don't U θink?



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  by ecru-societe | 2019-03-22 23:10 | 日記 | Trackback | Comments(0)

手伝う人

本当の事をありのままで発言すると、自分の社会をコンパクトにする。
逆を言うと、コンパクトに生きていると本当の事を言える。
グローバルに生きようとする人は、本当の事をありのままには発言しづらい。
(多分、麻生太郎氏の思っている事って、余計で不確実な事を言ってしまった。。。)

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「手伝う」

この言葉に対して、あなたならどんな印象を得るだろう?
少なくとも悪いイメージは持たないのでは?

僕には、どうも不要な言葉に思える。

どう言う意味か?

その前に、50/50(フィフティ・フィフティ)で無い関係は、持続性が低いと思うし、ある意味では、どこまでいっても50/50なのかも知れないと思う。
だから、「手伝う」と言って近付いて来る人は、僕には理解し難い存在だ。

「手伝ってくれてありがとう!」って言葉はあっても、大人が「手伝ってあげる」と口にするのは、、、僕には何か大きな欠落や幼稚さを感じずにはいられない。。。

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「手伝う」

自らの考えや行動に、責任を負って生きている人が、「手伝う」と言うだろうか?「任せて」と言うのでは無いだろうか?
「手伝う」とは、責任を負いたく無い人が、責任から逃れる為の言葉だと思う。

とは言え、、、
僕は未だ、自分の事で精一杯で未熟だから、そうでは無い段階の人達の辞書には「手伝う」という言葉の意味が載っているのかも知れない。

今の僕には、「手伝う」という言葉は不要だ!



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  by ecru-societe | 2019-03-05 23:25 | 日記 | Trackback | Comments(0)

不条理

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不条理って、どんな時に起こるのか?
それは力を集結出来ず、また個々の力が不足した時ではないだろうか?
互いに「おかげさま」という気持ちが不足し、負のスパイラルに落ちた結果ではないだろうか?

人の力だけでは、当然に及ばない範囲がある。
自然の猛威もそう。
争い事もそうかも知れない。
不条理の火種は、突発的に発生する。
願いも虚しく、誰も望んでいないのに発生する。

でもいつも、人の力で出来る事も存在し続けている。
それが何なのか?
何が出来るのか?
試されているのかも知れない。

不条理は誰も望んでいない。
僕は望んでいない。
だから、誰かのせいにしない、自らの行動が必要だ。



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  by ecru-societe | 2019-02-21 03:23 | 日記 | Trackback | Comments(0)

理想の相手

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結婚する相手は、どうやって決めますか?
フィーリングですか?
見た目ですか?
お金ですか?
性格ですか?
尊敬が出来るかどうかでしょうか?
ゴマ信用(アリババ)の点数ですか?(笑)

それは、思春期から続くテーマかも知れません。

ちなみに「結婚相手に選んではいけない男性5パターン」をゼクシィが発表していましたが、その話はまたの機会に!

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理想の相手をみつける方法。
僕は見つけ出しました。

見つけ出した方法は幾つかあるのですが、重要なポイントは2つの内、どちらかにあります。
その2つとは、「信じる」か「知る」です。

目の前の人が理想の人だと、馬鹿が付くほど、決して疑う事なく信じ続ける事が出来れば、それは間違い無く理想の相手を見つけた事になります。

誰といたって病める時も健やかなる時も来るのです。
病める時をむかえたからって相手を疑うのは、いつまで経っても信じ続ける事はあり得ないというものです。

だから馬鹿が付くほど信じ続ける方法もありだと思うのです。

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もう一つの方法は、深く良く知る方法です。

と言っても、深く良く知る必要があるのは、必ずしも相手の事だとは限りません。
もしかしたら自分自身の事かも知れません。

自分の事を深く良く知って全てを受け入れたら、きっと理想の相手と一緒にい続ける事が出来るはずです。

自分の事を深く良く知って全てを受け入れる事は、とても難しい事ですが、やり甲斐は間違いなくあります。

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この事は、住まいづくりにおいても同じ事が言えます。
つまり、理想の住まいを手に入れる方法は、理想の相手を見つける方法と似ていると思うのです。

ゴマ信用が重要な方は、見ず知らずの方の評価が気になり、その事がとても重要視するポイントになるかも知れません。

人を選ぶ際、お金をとても重要視される方は、当然、お住まいづくりでもお金が重要視されるポイントとなるでしょう。

どこまでいっても選び方はその人らしさです。
つまり、選んだ会社に後悔する方は、自分を受け入れられない方とも言い換えられます。

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時々「後悔しない住まいづくりの方法」などの文字を目にする事があります。

後悔するかしないかは、住まいづくりの方法でどうこうするとは、僕には理解出来ません。

後悔するかしないかは、自分自身の中に方法があるのであって、住まいづくりに方法がある訳では無いからです。

理想の住まいを手にする方法。
やっぱりコレも理想の相手を見つける方法と同じで、方法は幾つかあるのですが、重要なポイントは2つの内、どちらかにあります。
その2つとは、「信じる」か「知る」です。

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得た住まいを理想の住まいと信じ続けるか、自分の事を深く良く知って全てを受け入れたら、きっと理想の住まいを得る道が拓けるはずです。

信じ続ける事
自分の事を深く良く知って全てを受け入れる事

どちらもとても難しい事です。
でもやり甲斐は間違いなくあります。



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  by ecru-societe | 2019-02-12 23:16 | 日記 | Trackback | Comments(0)

僕が僕であるために ♫

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尾崎豊さんの
「僕が僕であるために」
久しぶりに弾き語ってみた。

だからでは無いけど
ふっと思った。
僕が僕でいられるのは、まわりの方々のおかげだなぁと。

僕が僕で専念出来ているのは
僕が見えなかったり届かなかったり及ばなかったり・・・
僕のテリトリー以外のとてつもなく広いエリアを
僕以外のとてつもない多く人たちが埋めてくれているからに他ならない。

世界中の
もしかしたら宇宙中の皆んなが
僕の目に決して触れる事のない
きっと全ての部分に目を配ってくれて
そのおかげで
今日も何事も無かったように
太陽が昇って沈む。

だから僕は僕に専念出来る

同じ景色を誰かと一緒に見るのは嬉しいけど
同じ景色を強要する必要はない。

それどころか
それぞれがそれぞれの景色を
まるで地球防衛隊に様に
イヤ!宇宙防衛隊の様に
見守る事が大切なのかも知れない。

僕が僕である事は
僕が僕である事を応援してくれる方々はもちろん
そうではなく僕が僕である事へ抵抗する様に思える人たちすら
僕が僕であるために
全て必要なんだと思う。

尾崎豊さんの「僕が僕であるために」を弾き語ったからでは無いけど
そんな事をかんがえていた



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  by ecru-societe | 2019-01-25 22:10 | 日記 | Trackback | Comments(0)

妻はポンコツ

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妻はポンコツ。

そんな妻に対して僕は、自分でもよく解らない絶対的な信頼感なのか安心感の様なモノを、いつもは強く自覚せず気付けば感じている。

とても表現するのが難しい。。。

要するに・・・基本的に人として間違わない事を疑わない。
つまりは、単純に余計な心配もしないし間違い無いと思っている。
簡単に言うと「正しい人」と認識している。

しかしこの「正しい」と言う言葉。
実は妻をイメージする際には、全く一致しない言葉だ。

妻はしょっちゅう言葉を間違える。
しょっちゅうウッカリしている。
つまり妻はポンコツ。

なのに基本的な軸の部分を疑わない。

一方で、いつも正しく生きようと頑張っている人がいる。
正確な言葉を使い、規則正しい生活をおくり、隙がなく精進している人だ。
正義感が強く、曲がった事が嫌いで、悪を許さない。

普通に考えるとそう言う人を「正しい人」と称して信用のおける人物となり得るのだろうけど、妻を表現する時、上記の内容はあまり一致したように感じない。
また、上記の人物に安心感を覚えない。

その事から気付いたのだが、「正しい人」で安心して信頼出来、共に歩もうと思える人とは、清く正しい考え方でいる、いつも間違えない人では無く、清く正しい考え方でいる、時々間違える人なのかもしれないと感じた。

間違える人は、自分が不十分である事を知っている。
逆に大概間違えない人は、正しくある様に誰よりも努力している。

この違いは、間違ってしまった他人への接し方に影響する。

自分が不十分である事を良く知っている人は、間違ってしまった他人に対してお互い様と思いやすく、そこから自分の出来る事(フォロー出来る事)を探しやすい姿勢(体勢)にある。

一方、正しくある様に誰よりも努力している人は、間違ってしまった他人に対して「努力を怠っている」と認識しやすい状況にある。
その為、自分の出来る事を探すより先に、相手を軽蔑したり、酷い場合には罵声したりと共に歩む姿勢は感じられない。

論外は、自分が不十分(いい加減)なのに他人に完璧を求める奴だが、、、

正しくある様に誰よりも努力している人は、自分が完璧では無いから完璧に近付ける様、努力している。
つまり人は、どこまでいっても不十分なのだ。
だとしたら、先程述べた論外の人とその前に述べた努力を怠らない人は五十歩百歩という事になる。

常に正義を味方とし、間違えの無い様に努力を怠る事の無い人。
それでも人間なので間違える時もある。
だから誰かが間違えたりした場合、そこから自分のできる事を探す。
決して人を責めたりしない。
そんな時間は無い。
生産性のない無駄な事。
そう知っている間違える事もある人が、共に歩むべき人なのかもしれないと僕は思う。

妻はポンコツ。
妻程では無いにしろ、僕もポンコツ。
イヤ、冗談。
僕にないものは妻が持つ。
妻にないものは僕が持つ。
共に歩むべき人。
常に正義を味方とし、時々間違える人。
責める暇があれば、(愚痴りながらも)自分の得意な事でフォローしている人。

にしても妻はポンコツ。
共に歩むべき人。



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  by ecru-societe | 2019-01-22 23:17 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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