カテゴリ:日記( 1440 )

 

手伝う人

本当の事をありのままで発言すると、自分の社会をコンパクトにする。
逆を言うと、コンパクトに生きていると本当の事を言える。
グローバルに生きようとする人は、本当の事をありのままには発言しづらい。
(多分、麻生太郎氏の思っている事って、余計で不確実な事を言ってしまった。。。)

b0097729_00084062.jpeg

「手伝う」

この言葉に対して、あなたならどんな印象を得るだろう?
少なくとも悪いイメージは持たないのでは?

僕には、どうも不要な言葉に思える。

どう言う意味か?

その前に、50/50(フィフティ・フィフティ)で無い関係は、持続性が低いと思うし、ある意味では、どこまでいっても50/50なのかも知れないと思う。
だから、「手伝う」と言って近付いて来る人は、僕には理解し難い存在だ。

「手伝ってくれてありがとう!」って言葉はあっても、大人が「手伝ってあげる」と口にするのは、、、僕には何か大きな欠落や幼稚さを感じずにはいられない。。。

b0097729_00085797.jpeg

「手伝う」

自らの考えや行動に、責任を負って生きている人が、「手伝う」と言うだろうか?「任せて」と言うのでは無いだろうか?
「手伝う」とは、責任を負いたく無い人が、責任から逃れる為の言葉だと思う。

とは言え、、、
僕は未だ、自分の事で精一杯で未熟だから、そうでは無い段階の人達の辞書には「手伝う」という言葉の意味が載っているのかも知れない。

今の僕には、「手伝う」という言葉は不要だ!



「イイネ!」 ← よかったらクリックして下さい!

  by ecru-societe | 2019-03-05 23:25 | 日記 | Trackback | Comments(0)

不条理

b0097729_03281720.jpeg

不条理って、どんな時に起こるのか?
それは力を集結出来ず、また個々の力が不足した時ではないだろうか?
互いに「おかげさま」という気持ちが不足し、負のスパイラルに落ちた結果ではないだろうか?

人の力だけでは、当然に及ばない範囲がある。
自然の猛威もそう。
争い事もそうかも知れない。
不条理の火種は、突発的に発生する。
願いも虚しく、誰も望んでいないのに発生する。

でもいつも、人の力で出来る事も存在し続けている。
それが何なのか?
何が出来るのか?
試されているのかも知れない。

不条理は誰も望んでいない。
僕は望んでいない。
だから、誰かのせいにしない、自らの行動が必要だ。



「イイネ!」 ← よかったらクリックして下さい!

  by ecru-societe | 2019-02-21 03:23 | 日記 | Trackback | Comments(0)

理想の相手

b0097729_23164270.jpeg

結婚する相手は、どうやって決めますか?
フィーリングですか?
見た目ですか?
お金ですか?
性格ですか?
尊敬が出来るかどうかでしょうか?
ゴマ信用(アリババ)の点数ですか?(笑)

それは、思春期から続くテーマかも知れません。

ちなみに「結婚相手に選んではいけない男性5パターン」をゼクシィが発表していましたが、その話はまたの機会に!

b0097729_23194415.jpeg

理想の相手をみつける方法。
僕は見つけ出しました。

見つけ出した方法は幾つかあるのですが、重要なポイントは2つの内、どちらかにあります。
その2つとは、「信じる」か「知る」です。

目の前の人が理想の人だと、馬鹿が付くほど、決して疑う事なく信じ続ける事が出来れば、それは間違い無く理想の相手を見つけた事になります。

誰といたって病める時も健やかなる時も来るのです。
病める時をむかえたからって相手を疑うのは、いつまで経っても信じ続ける事はあり得ないというものです。

だから馬鹿が付くほど信じ続ける方法もありだと思うのです。

b0097729_23285757.jpeg

もう一つの方法は、深く良く知る方法です。

と言っても、深く良く知る必要があるのは、必ずしも相手の事だとは限りません。
もしかしたら自分自身の事かも知れません。

自分の事を深く良く知って全てを受け入れたら、きっと理想の相手と一緒にい続ける事が出来るはずです。

自分の事を深く良く知って全てを受け入れる事は、とても難しい事ですが、やり甲斐は間違いなくあります。

b0097729_23354873.jpeg

この事は、住まいづくりにおいても同じ事が言えます。
つまり、理想の住まいを手に入れる方法は、理想の相手を見つける方法と似ていると思うのです。

ゴマ信用が重要な方は、見ず知らずの方の評価が気になり、その事がとても重要視するポイントになるかも知れません。

人を選ぶ際、お金をとても重要視される方は、当然、お住まいづくりでもお金が重要視されるポイントとなるでしょう。

どこまでいっても選び方はその人らしさです。
つまり、選んだ会社に後悔する方は、自分を受け入れられない方とも言い換えられます。

b0097729_23450754.jpeg

時々「後悔しない住まいづくりの方法」などの文字を目にする事があります。

後悔するかしないかは、住まいづくりの方法でどうこうするとは、僕には理解出来ません。

後悔するかしないかは、自分自身の中に方法があるのであって、住まいづくりに方法がある訳では無いからです。

理想の住まいを手にする方法。
やっぱりコレも理想の相手を見つける方法と同じで、方法は幾つかあるのですが、重要なポイントは2つの内、どちらかにあります。
その2つとは、「信じる」か「知る」です。

b0097729_23552969.jpeg

得た住まいを理想の住まいと信じ続けるか、自分の事を深く良く知って全てを受け入れたら、きっと理想の住まいを得る道が拓けるはずです。

信じ続ける事
自分の事を深く良く知って全てを受け入れる事

どちらもとても難しい事です。
でもやり甲斐は間違いなくあります。



「イイネ!」 ← よかったらクリックして下さい!

  by ecru-societe | 2019-02-12 23:16 | 日記 | Trackback | Comments(0)

僕が僕であるために ♫

b0097729_22105973.jpeg

尾崎豊さんの
「僕が僕であるために」
久しぶりに弾き語ってみた。

だからでは無いけど
ふっと思った。
僕が僕でいられるのは、まわりの方々のおかげだなぁと。

僕が僕で専念出来ているのは
僕が見えなかったり届かなかったり及ばなかったり・・・
僕のテリトリー以外のとてつもなく広いエリアを
僕以外のとてつもない多く人たちが埋めてくれているからに他ならない。

世界中の
もしかしたら宇宙中の皆んなが
僕の目に決して触れる事のない
きっと全ての部分に目を配ってくれて
そのおかげで
今日も何事も無かったように
太陽が昇って沈む。

だから僕は僕に専念出来る

同じ景色を誰かと一緒に見るのは嬉しいけど
同じ景色を強要する必要はない。

それどころか
それぞれがそれぞれの景色を
まるで地球防衛隊に様に
イヤ!宇宙防衛隊の様に
見守る事が大切なのかも知れない。

僕が僕である事は
僕が僕である事を応援してくれる方々はもちろん
そうではなく僕が僕である事へ抵抗する様に思える人たちすら
僕が僕であるために
全て必要なんだと思う。

尾崎豊さんの「僕が僕であるために」を弾き語ったからでは無いけど
そんな事をかんがえていた



「イイネ!」 ← よかったらクリックして下さい!

  by ecru-societe | 2019-01-25 22:10 | 日記 | Trackback | Comments(0)

妻はポンコツ

b0097729_23175397.jpeg

妻はポンコツ。

そんな妻に対して僕は、自分でもよく解らない絶対的な信頼感なのか安心感の様なモノを、いつもは強く自覚せず気付けば感じている。

とても表現するのが難しい。。。

要するに・・・基本的に人として間違わない事を疑わない。
つまりは、単純に余計な心配もしないし間違い無いと思っている。
簡単に言うと「正しい人」と認識している。

しかしこの「正しい」と言う言葉。
実は妻をイメージする際には、全く一致しない言葉だ。

妻はしょっちゅう言葉を間違える。
しょっちゅうウッカリしている。
つまり妻はポンコツ。

なのに基本的な軸の部分を疑わない。

一方で、いつも正しく生きようと頑張っている人がいる。
正確な言葉を使い、規則正しい生活をおくり、隙がなく精進している人だ。
正義感が強く、曲がった事が嫌いで、悪を許さない。

普通に考えるとそう言う人を「正しい人」と称して信用のおける人物となり得るのだろうけど、妻を表現する時、上記の内容はあまり一致したように感じない。
また、上記の人物に安心感を覚えない。

その事から気付いたのだが、「正しい人」で安心して信頼出来、共に歩もうと思える人とは、清く正しい考え方でいる、いつも間違えない人では無く、清く正しい考え方でいる、時々間違える人なのかもしれないと感じた。

間違える人は、自分が不十分である事を知っている。
逆に大概間違えない人は、正しくある様に誰よりも努力している。

この違いは、間違ってしまった他人への接し方に影響する。

自分が不十分である事を良く知っている人は、間違ってしまった他人に対してお互い様と思いやすく、そこから自分の出来る事(フォロー出来る事)を探しやすい姿勢(体勢)にある。

一方、正しくある様に誰よりも努力している人は、間違ってしまった他人に対して「努力を怠っている」と認識しやすい状況にある。
その為、自分の出来る事を探すより先に、相手を軽蔑したり、酷い場合には罵声したりと共に歩む姿勢は感じられない。

論外は、自分が不十分(いい加減)なのに他人に完璧を求める奴だが、、、

正しくある様に誰よりも努力している人は、自分が完璧では無いから完璧に近付ける様、努力している。
つまり人は、どこまでいっても不十分なのだ。
だとしたら、先程述べた論外の人とその前に述べた努力を怠らない人は五十歩百歩という事になる。

常に正義を味方とし、間違えの無い様に努力を怠る事の無い人。
それでも人間なので間違える時もある。
だから誰かが間違えたりした場合、そこから自分のできる事を探す。
決して人を責めたりしない。
そんな時間は無い。
生産性のない無駄な事。
そう知っている間違える事もある人が、共に歩むべき人なのかもしれないと僕は思う。

妻はポンコツ。
妻程では無いにしろ、僕もポンコツ。
イヤ、冗談。
僕にないものは妻が持つ。
妻にないものは僕が持つ。
共に歩むべき人。
常に正義を味方とし、時々間違える人。
責める暇があれば、(愚痴りながらも)自分の得意な事でフォローしている人。

にしても妻はポンコツ。
共に歩むべき人。



「イイネ!」 ← よかったらクリックして下さい!

  by ecru-societe | 2019-01-22 23:17 | 日記 | Trackback | Comments(0)

一年の計は元旦にあり

b0097729_23361636.jpeg

一年の計は元旦にあり。

今年はどんな年にしようか?
どんなコンセプトにしようか?
今年のテーマは何にしよう?

昨年は「社会性」がテーマだった。
「個」に着目し、「個」の充実を検討し続けて来たが、たくさんの「個」の充実を考えているうちに「公」を意識せざるを得ない状況になった。
その頃から「社会性」を検討するようになり昨年まで「社会性」について考えてきた。
今ももちろん考え続けているのだが、昨年末くらいからチョットずつその意味合いなのか、軸足なのか、変化してきた。

b0097729_23452287.jpeg

そこで今年。
今年は「遊び」をテーマに考えようと思う。

「遊び」と一言に言っても様々な意味や局面がある。

娯楽的なニュアンスもあれば、ゆとりや空隙的なニュアンスもある。
距離感や社会性にも通じるニュアンスを感じる。

そこで今年のテーマは「遊び」としたいと思う。



「イイネ!」 ← よかったらクリックして下さい!

  by ecru-societe | 2019-01-01 23:35 | 日記 | Trackback | Comments(0)

真実

b0097729_00055692.jpeg

何が真実か?
そんな事はわからない。
見る方向によっては、光の当たり方の違いや背景の違いなどによって、同じ色も違って見えるように、立場も違えば同じ事も違って受け止められる。
だから、真逆でもそれぞれが真実なのかも知れず、何が真実かはわからない。

だとしても一方的な情報や、又聞きの情報。
当事者以外の情報から判断しようとすると、当然、真実からより離れていってしまう事だけは明らかで、判断材料に適さないと考えられる。

とは言え、(こう言ってしまうと「そんな事は無い!正しい判断をしようとしている」と怒られてしまうが)実際には別に全ての人が「正しい判断」を求めている訳では無いどころか自覚しているかいないかは別として、自分にとって都合が良ければそれで良いのだろうと思う。

その証拠に(僕は観ないが)多くの人がネットで見ず知らずの人が書いた評価を参考に、店や商品を選んでいる。
自分の目や耳や舌などで試さないと、本当の情報は得る事が出来無いのに・・・

「理解なんてものは概ね願望に基づくものだ 」
イノセンスに出てくるセリフだが、真実なんて殆どの人が求めていない。
ちゃんと理解しようとしていないのに、真実など分かりっこ無い。

歌詞に「真実」って言葉がよく出てくる尾崎豊なら、このブログ、どう読んだだろう?



「イイネ!」 ← よかったらクリックして下さい!

  by ecru-societe | 2018-12-25 00:05 | 日記 | Trackback | Comments(0)

b0097729_23204032.jpeg

自分がいつも正しいと思い込んでいる人
それと
間違わない様に細心の注意を払っている人
この人達は、間違った人に非常に手厳しい。
怒鳴りつけたり
相手ばかりを責めたり
また責めるだけで自分の出来る事をしようとはしなかったりもする。

意外にも
自分が間違う事を知っている人の方が
間違えを起こしてしまった人に対して
厳しく責めたり
問い詰めたり
怒鳴ったりする事はなく
状況に適した対応をする。
間違いの無い対応をする。

自分が間違う事を知っている人の方が、間違いのない対応をするのが面白い。

b0097729_23300068.jpeg

また思い込みが激しかったり
鈍感で空気を読むのが苦手な人程
「わかる!」
と相手に同意する回数が多く

相手を理解する事に一生懸命だったり
洞察力の高い人程
「人の事はわからない」
と考えているのも
面白い。

逆さに考えると観えてくる。



「イイネ!」 ← よかったらクリックして下さい!

  by ecru-societe | 2018-12-24 23:19 | 日記 | Trackback | Comments(0)

正義の味方、ピーチボーイ。

b0097729_22151009.jpeg

一方的な話は分かりやすい。
しかし分かりやすい話には、ディフォルメやフェイクがある。
桃太郎は鬼を退治したヒーローとして描かれているが、実際、鬼は自分自身の心の中にも存在していて、それを完全に追い出せた訳でも無いのに、鬼を懲らしめて罪悪感は微塵も感じないのか?もし感じないで鬼と例えられる者の首をはねてヒーローだと思っているなら、それこそ鬼そのものだと感じる。

一方的で分かりやすい話は、物事を多面的に捉えていないだけなんだ!

とは言え、自分の目から映る一方的風景も、事実ではあり・・・
向こう側からこっちを見ている人(逆の立場の人)の事を無視した訳では無く、そんな事を考えると何も言えなくなる。

僕が経験した事や見えている事を伝えると、傷付く人も出てくる。
しかし、何も伝えなかったら、逆側の景色だけが残って、僕が見た景色は無かった事になってしまう。

物事はいつも違った捉え方がある事実を知りながら、僕は僕に見えている事を伝えようと思う。

つづく



「イイネ!」 ← よかったらクリックして下さい!

  by ecru-societe | 2018-12-14 22:14 | 日記 | Trackback | Comments(0)

すばらしい日々

b0097729_23015750.jpeg

ユニコーンの「すばらしい日々」が頭の中で繰り返されるのは、「暗い話にばかりやたら詳しくなったもんだ」ってフレーズを考えるから。

「暗い」という事は、「明るい」が表裏一体に存在するはず。
確かに暗い話に詳しくなったけど、その分明るい話にも詳しくならなきゃおかしい。

b0097729_20562386.jpeg

価値観の多様化
個性の時代
僕はワクワクした。

普通が無くなり、当たり前が存在しない。
不自然に一定化されず、自然に不規則が連続する。
自由だ!

でも最近、耳慣れない病気が増え、鬱だという人もよく目にする様になったと感じる。
錯覚だと良いのだが、、、
もしかして不連続性の今日に、不安を覚える人が多いのだとしたら・・・
明日も昨日と同じような普通の日常が来る方が安心できるとしたら・・・
多くの人は、線路の上を歩く事をシアワセと言うのか?

b0097729_23184189.jpeg

僕は多様化して可能性が広がる世界にワクワクした。
まるで新種の生物が発見される様に。
まるで新大陸が発見される様に。
僕はワクワクした。

何かの圧力に押し込まれないで、自分でいても良い、自由でいて良い。

でも最近は、そうでは無い雰囲気を感じる。
気のせいかな?

b0097729_23253700.jpeg

明るい話にも詳しくなった事。

それは、今まで見逃していた様な人のあたたかい気持ちも、感じられる様になった事。

当たり前じゃない不条理な世の中にあって、それでも想ってもらえる有り難さを強く感じられる様になった事。

ずっと一緒には居られないから、今日、一緒に居られる喜びを感じられる様になった事。

他にも色々。

暗い話のその裏には、必ず明るい話がある。
どちらに焦点を持っていくかの違いだ。
光と影は表裏一体。
同じに存在する。

https://youtu.be/UA33zQ-DY1w



「イイネ!」 ← よかったらクリックして下さい!

  by ecru-societe | 2018-12-12 22:58 | 日記 | Trackback | Comments(0)

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE