カテゴリ:日記( 1397 )

 

掴もうぜ!ドラゴンボール!!

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ドラゴンボールを作った神様は、昔、修行をして自分の中の悪を追い出した。
それがピッコロ大魔王だと聞いたのは、中学生の頃だったかな?

でも、そこで疑問がわく。
絶対的善ってどんなのだろう?
絶対的悪ってどんなのだろう?
片方を失った存在が、どうしてもイメージ出来なかった。
善でも悪でも無い、真ん中はイメージ出来そうだが、片方によっている状態は、イメージ出来ない。。。

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炊飯器に閉じ込めておける絶対的悪。
それ自体が悪っぽく無い。。。
親しみを感じてしまう。

いやいや。
今日はそんな話がしたかった訳じゃ無い。

今日は新薬師寺の薬師如来の周りにいる「十二神将」について思うところがありました。

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新薬師寺の薬師如来を守る十二神将。
とても恐ろしい形相をしています。

その形相。
切手のデザインにもなっていますね!

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スーパーサイヤ人のようです。

薬師如来は十二誓願をお聞き届けていただける有難い仏様。
そういう優しい方をお守りしている十二人のいかつい神様。
武力無くして治安無しって事なのかなぁ〜っと思いました。

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結局人も神様も仏様も、大切なモノを大切にする(守る)為に鬼になる(鬼がいる・鬼が必要)。
これでは善なのか悪なのか?
アンパンマンなのかバイキンマンなのか?
神様なのかピッコロ大魔王なのか?
教えてくれ!カカロット!!

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自分が大切に思っているなら、他人が大切に思っている何か、それが自分と違ってもどんな想いかは容易に想像がつく。

自分の大切なモノを守る為に、他人の大切なモノを侵さなければならないのなら、それはきっと自分が大切と思っているモノを、本当の意味では大切には想えていないし大切に出来てもいない。

僕はコレが本当に大切だから
君は君の大切なモノを大切にしてね!

本当に大切に想えて大切に出来る人なら、そんな風に考えるのでは無いだろうか?

教えて!伐折羅大将!!

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「そなたの中には夜叉がいる。この娘の中にもだ!」

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「森と人とが争わずに済む道は無いのか?」



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  by ecru-societe | 2018-07-14 22:46 | 日記 | Trackback | Comments(0)

してもらった事 ≠ 恩返し

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人の記憶は、劣化する。
涙する程、ありがたいと感じた事ですら、数年、いや数ヶ月・・・数日もすれば、その瞬間と同じテンションは保っていられないのが普通の人だろう。

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どうすれば、いつまでも色褪せる事なくしてもらった事への感謝の念を持続させる事が出来るのかをいつも考える。
何故なら、そうしないと不条理な世の中になってしまう。

僕から発する不条理は、出来る限り減らしたい。。。

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五ェ門のように、借りは必ず返すのが人の道。
恩を仇で返すような、そんなはしたない真似は、僕はしたくない。

でもそもそも力無く、同じようには返せない。
それどころか、想いの熱量を劣化させてしまったら、「同じ」の基準自体も低下していく一方で、やっぱり返せない。

そうなると、つまらぬものすら斬りたくなる気持ちも湧き上がらないとも言い切れない。

斬鉄剣を抜くか?

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その場で直ぐに恩返しすれば良いのだが、そう都合よく状況が整う訳でもない。
だからやっぱり、想いを持続させる工夫が必要だと思い、また方法を思案する。

恥を知れ!
幾ら価値観が多様化しようとも、原理原則は存在する。

己を知れ!
そうすれば打つ手はある。

鉄を食え
飢えた狼よ
死んでもブタには食いつくな!

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  by ecru-societe | 2018-07-13 22:51 | 日記 | Trackback | Comments(0)

より良い社会の為。

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自分以外の誰かの事を
否定する事で
自分の意見に賛同させようとする論法
よく耳にする。

確かに分かりやすいし、共感を得やすい。
分かりやすい事は重要だし、共感を得る事も必要だ。

でももしその意見が、(わたくし(個)の利益の為では無く)より良い社会(公)の為に発しているとすれば、、、
他人を否定する事で得た賛同では、その効果を得ない。

(ルールを守っている)自分以外の人や団体を拒否し追いやる事で、社会が発展する筈もなく。
むしろ逆で、取り込む事でしか発展はあり得ないからだ。

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だとしたら、冒頭の、自分以外の誰かの事を否定する事で自分の意見に賛同させようとする論法を使う者は、結果的に、単なる自分の利益の為に他人を利用するペテン師となってしまう事は、容易に理解出来る。

しかし、論法を使っている本人は、その事に全く気付いておらず、無知なあまりに社会(公)の為だと信じ切っているから、いつもとても困難な状況を生み出す。

無理が通れば道理がひっこむって事にもならないとは言えない。

だからこそ成熟した教育が必要だと思うが、この種の教育は学校の範疇を超えて来る可能性が高く、本来は家庭ですべき教育だとは思うが、我が家を含めて家庭自体が成熟しているとは言い難く・・・もしかすると伝統や人々の想いを積み上げてきた神社やお寺が役割を発揮出来るのではないか?と感じる。
後は、芸術かな?

難しい事には変わりないが・・・



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  by ecru-societe | 2018-07-08 12:49 | 日記 | Trackback | Comments(0)

神様の言う通り。

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無理が通れば道理がひっこむ。
価値観の多様化で、何が道理なのか?
しかし原理原則はある。

一対一の対応では無く総合的である必要性があるけど、それを「皆んなが言ってる!」との言葉を使用する事で表現しているのなら、それは違う。
何故なら、「皆んなが言ってる!」と言う言葉の意味は、矢面に立つのが嫌で、自分に自信がない責任を負えない奴の言い訳だからだ!

自分で責任を負うつもりならば、例え皆んながどう言おうと、私はこう思う!と宣言するはず。

「皆んな」と言う言葉を使う奴は、そもそも責任能力が無いので、話を対等にする相手では無い。

などなど、何と言おうと時間は進み過去から未来へシフトする。
例えそれが、今この瞬間不条理でも、時間を止める事は出来ない。
そもそも塞翁が馬。
きっと最後は神様の言う通り。



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  by ecru-societe | 2018-07-07 21:54 | 日記 | Trackback | Comments(0)

君の為? 僕の為!

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人の為になってるって自覚した時
「やりがい」みたいなのを感じる
それはすごく分かる。

特に好きな人の為になっている時は
この上なく正に最高にシアワセを実感する
もしかしたら最も美しい瞬間かもしれない。

だからこんな事言っちゃったら
ドン引きするだろうなぁ〜
でも、もしかしたらだけど
もしかしたら、その事が解っていたら
もっともっと力も集結出来て
何より続いていくのではないかと思うから
ドン引きされても伝えておきたい。

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ドン引きされても伝えておきたいその事は

人の為にって思って行うその行動は
自分がそうしたいからであって
人に望まれてしている訳では無いって事。

自分がそうしたい。
つまり自分の欲求を満たす為の行動である事を知るべきだと感じる。

そんな事、当然だよ!
そんな事、言われなくても知ってるよ!
最初の頃は皆んなそう言う。
でもしばらく経って
状況が変化して
自分の気持ちも落ち着きを取り戻す(気持ちが冷める)と
先ず状況のせいにして、続けられない理由とし。
次に人のせいにして、続けられない理由を人になすりつける。
それが普通の人間。

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だから言いたい。
崇高に見えるその行動は
決して誰かの為じゃない
単に自分の欲求を満たす為
最初からそうであって
変わったのは環境でも相手でも無く
自分の欲求である事を知るべきだ!

変わる事は、悪くない
逆に変わらない事は、中々存在し得ない
特にカタチは変化し続ける

悪いのは自分の変化を受け入れず
先ずは状況のせいにし
それに飽き足らず人のせいにする
その曲がった正念にある。

そうならない為に
最初から自分の為である事をちゃんと知り
変化に対応できる自分であるべきだ
また、その変化を受け入れてくれる環境に
感謝すべきだと思う。

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変わっていく僕を受け入れてくれてありがとう!
変わらない僕を許してくれてありがとう!



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  by ecru-societe | 2018-06-30 21:00 | 日記 | Trackback | Comments(0)

花束

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華を添える花束。

今日は上手く言葉にして伝えきれる自信がない。
とにかく本当に有難い限りで、久しく流していない涙がこぼれそうになった。

しかもこの花束。
(カタチは)僕がもらった花束ではない。
でも(ココロは)僕の為の花束だった。

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カタチにどれだけのココロを込められるのだろうか?
その限界ではないかと思える花束だった。
だから、花束をもらって感じた事のない喜びと感謝と感動を、今日は感じた。

実際の花束は僕がもらった訳ではないのだけど、花束に込められた想いは僕が受け取った。

本当に本当に嬉しくて
本当に本当に有難い。
本当に本当に胸にしみる
今まで感じた事のない感動を
本当に本当にありがとうございました!



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  by ecru-societe | 2018-06-15 23:58 | 日記 | Trackback | Comments(0)

捨てる神あれば拾う神あり。

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「捨てる神あれば拾う神あり」
そうも思わない。
「拾う神の為、捨てるモノあり」
全ては塞翁が馬。

表現が違うだけで、意味は同じか!(笑)

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学生時代の先輩や友達
本当にありがとうございます!

いつも気に留めていただけるだけでも有難い事。

今日、友人が着地した。
ホンマによかった。。。

今朝は良い朝だ!
さぁ!仕事だ!!



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  by ecru-societe | 2018-05-26 10:57 | 日記 | Trackback | Comments(0)

生きていく力。

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僕は思う。
人を含めあらゆる生物は、生まれながらにして生きてゆける力が既に備わっているのだと。
ただ、その力が発揮出来るには、生まれながらにして備わっている事を充分に理解して、行動する必要がある。

ヒントは、天才バカボンのパパのセリフにある。
「バカの反対の反対は、天才なのだ!」

自分を知り、自分を受け入れ、自分であり続けさえすれば、これでいいのだ。

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でも、自分を知る為の行動をとっている人が少ないと感じる。
自分を知って、その力を発揮されてしまうと、社会が成り立ち難くなる為、見えない制限をかけられ、その中(マトリックス)に存在している事もその要因のひとつだと感じるが、主要因は本人が気付こうとせず流されているからだ。
表面上のカタチに目を奪われて、本質を知ろうとしていないとも表現出来るのかも知れない。
まさにマトリックス。

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例えば、気付こうとしていない行動パターンの例としては・・・

「比較」というものさしは、他人が他人の優劣をつける為のモノであって、決して自分が自分を評価する為に用いられないモノ。
だが、槇原敬之氏があんなに訴えかけても、「比較」に目を奪われ、自分に焦点を当てようとしていない。

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ライバルがいるとしたら、それは自分なのに。
ライバルも必要なのかどうなのか?
元々特別な ONLY ONE.
むしろそれを起動させよ!
眼球を裏返せ!
そんな風におもう

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  by ecru-societe | 2018-05-16 07:35 | 日記 | Trackback | Comments(0)

母の日

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亡母に会いに仏壇へカーネーションを添えて。
いつもお力添え、ありがとう!と。

生きていた頃、母が言ってた言葉の意味。
亡くなってから解った事が色々あって、その度に驚く。
母はどんな景色を観ていたのだろう?
もう少し、腹割った話が出来ていればなぁ〜。

妻の母には「癒し」を届けたかった。
「癒し」をテーマに贈り物を考えた。

年配ばかりになって高齢家族になっている実家。
不安な事も増えるのだろう。
でも退化ではなく進化だと受け止められれば・・・少なくとも変化は悪い事では無い。
GWに実家に帰った時、「不安」な空気を感じたので、「癒し」を届けたかった。

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金津創作の森のアートフェスタで出逢った、小松の方。
庭のバラで石鹸や化粧品などを作っておられる方に出逢い、バラの香りにのせて「癒し」を届けられたらと考えた。

「あんしん」が作れる様に、また時間を見つけては実家に帰る。
それまで、バラの香りに頑張ってもらっておくのが狙い。



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  by ecru-societe | 2018-05-13 23:55 | 日記 | Trackback | Comments(0)

同じ穴の狢

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「私もそう思ってた!」
「本当に?嬉しい!」

「同じ」である事が、人はとても好き。
「同じ」である事を期待したり、「同じ」であると錯覚して喜んだり、「違う」と嘆いたり、「違う」と排除したりと人は「同じ」である事を求めている。

「魅力」
コレは逆に違いに感じる感覚。

「わー凄い!そんな風に全然考えた事も無かった!」
こんな風に尊敬にも変わるのは、「違い」だ。

正直、僕自身のあまりにも痛い経験から、魅力を追い求めると違いの幅を埋められず、「不一致」と言う言葉でピリオドが打たれる事にもならないとは言えない、と強く感じてはいる。

ただ、「同じ」を求める世界観も何とも小さく縮小していく、危険性に満ちた考えだとも感じる。

同じ方向を目指す時、違いがたどり着く可能性を膨らませると僕は考えている。

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そもそも実は「同じ」な訳が無い。
「同じ」と錯覚しているに過ぎない。
唯一無二。
「同じ」では無い。
似ている事があっても「同じ」である筈がない。
「同じ」を求める余りに「違い」を知った時、「裏切られた!」などと思う人もいる。

アナ雪の様に「同じ」である事に運命なんかを感じてしまう人は、相手に自分を肯定して欲しい欲求が強く、相手が好きな訳ではなく、自分が好きなだけだとさえ感じる。
とまで言うと言い過ぎか?
でも、「同じ」を求める人は、自分を肯定して欲しい欲求があるのは、間違いないと感じる。
ある意味、自信が無い事で起こる欲求とも考えられる。

「違い」を知り、互いに認め合えてこそ、愛だと思う。
そもそも違うのだから。

愛だろ? 愛!(ってめっちゃ古いか!)



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  by ecru-societe | 2018-04-26 22:46 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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