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シリーズ うちの長女

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昨日は長女の和奏とお風呂に入りました。
そして、しばらくできなくなるかもしれない思春期クイズを出題しました。

今日の問題のモデルは1988年の夏。
答えは二つ。

一つ目は・・・
(親しい人だけじゃなく)誰に対してでも、自分の感じている想いを、ちゃんと伝えられるという事。

二つ目は・・・
間違いに気づいたら直ぐにやり直す事。
やり始めた事だからって続けるのも必要な時はあるけど、間違いならその必要はない。
間違いに気づいたら、直ぐ、修正出来る力を持つ事。

以上が昨日の解答。
忘れないでいて欲しい。





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  by ecru-societe | 2013-03-31 09:10 | 家族・地域 | Trackback | Comments(0)

とても大切に考えていること。

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机の上にあるコナラも紅葉してきました。

時間は刻々と過ぎていきますね。
良いも悪いも、自分とは関係なく。

僕は時間や労力などの使い方で、最も優先すべきって思っていることがあります。
それはコミュニケーションです。

自分を解ってもらうことに時間や労力などをついやす。
相手を理解することに時間や労力などをついやす。

とても大切に考えていることです。

出来ればそれはメールや電話なんかで済ませず、ちゃんとお会いして話をしたいです。

コミュニケーションが苦手なんていう人、少なくないですけど・・・
実は、僕もそうなんです。。。
人見知りだし、話もうまくないし・・・
だけど、必要なことだって思うから、勇気をもってコミュニケーションにのぞみます。

大切なことからは逃げちゃダメ!
逃げてたら何も生まれない。 何も始まらない。

僕が最も優先して時間や労力などをついやそうと考えていることは、コミュニケーションです。





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  by ecru-societe | 2012-11-11 11:11 | 日記 | Trackback | Comments(0)

コトノハ。

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正確に伝えるよう、心がけよう。
そうしないと、相手に自分という人間を理解させないどころか、誤認させてしまうことになる。

そして正確に受信するよう、心がけよう。
そうしないと、目の前の相手とではなく、自分の中の空想のヒトとしか対話できない人になってしまう。

両方がうまく出来ないと、なかなか誰とも一緒にいることがままならない。

自分を知り、自分を解ってもらう。
相手を知り、相手を理解する。
それには、言葉も必要なファクター。

言葉を上手に使えるようになろう。





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  by ecru-societe | 2012-10-31 10:28 | 日記 | Trackback | Comments(0)

出来ることから。

出来ることからでいいと僕は思ってる。
そら、希望を言えば色々あるんだろうけど、身の丈を超えての希望はわがままだし。
無理は続かないし、必ずそこから出来ることはあるって、信じている。

でも、それは相互に同じ認識でないと、とても危険な考え方でもあるんだと思う。
出来たことに甘んじて、成長が望めなかったり、未来への希望が持てなくなった瞬間に無理の意味が変わってきたりもする。

当たり前かもしれないけど、共通の認識ってのは当然に大切で、同じである必要性は全く無いのだけど、共通の認識などは必ず必要で、、、逆にそれさえ持ち続けることが出来たら、永遠も夢じゃないんだって思う。

共通の認識を持ち続けることも、実はとても難しくて、だから日々のコミュニケーションが重要になる。
そんなこと知ってるんだけど、なかなか出来ないのが、普通の人なのかもね(笑)。





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  by ecru-societe | 2012-10-03 11:41 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ことば。

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『ことば』はこころの中で消化し切れなくても発することが出来る。

たぶん。
自分でも気付かないその不良消化の『ことば』は、外から観ると明らかだったりするのだろう。
それが説得力のなさだったりするのだと思う。

しかし、『ことば』はこころの中で消化し切れなくても発することが出来る。
発しているうちに消化出来て来ることは、大いにある。
『ことば』に発することで消化を早めることも可能だ。

だから『ことば』にしよう。

そうすれば、いつかは伝わるかもしれない。
そうすれば、いつかは消化しきって自分の『ことば』になっているかも知れない。





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  by ecru-societe | 2012-01-08 10:49 | 日記 | Trackback | Comments(0)

会話

今日も様々な方々がオフィスに足を運んでいただき、色々なお話をしました。
とてもありがたいことです。
また、とても楽しいお時間を過ごすことができました。

お話をしていて、いつも感じることですが、「話」って音楽のセッションに似ていると思うんです。
「とてもステキなお話をいただきました!」と言っていただくのですが、それは僕の話が素敵と言うよりは、その場の会話にグルーヴがあったと言うか・・・。
2人(または2人以上)のセッションが素晴らしかったね!と言う意味なんだと思います。

言葉も会話も、自分の能力や理解を超えることはないので、当てはまる意味やシチュエーションを自分の中から探します。
だから、僕の話がステキと言うわけじゃなく、僕の話から引き出してきた自分の中での意味などが素敵であるわけで・・・。

そこが会話やコミュニケーションの難しいところで、化学反応が起こりうる面白いところですね(笑)。




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  by ecru-societe | 2011-12-17 00:00 | 日記 | Trackback | Comments(0)

理解

デザインはアートと違い、想いのイニシアチブが自分以外の人などからスタートする。
その為、デザイナーは相手側の価値観や感覚に触れようとするのが癖のようになるんじゃないかな?

でも、相手の観たものが同じように自分の眼から観える訳じゃないし、USBジャックで直結して感情を共有できるわけでもない。
相手の肉体や精神などを自分の中に取り込めるわけじゃないから、結局は自分の肉体や感覚からくるものをカタチにしているのがデザインで、相手を知るってことはどこまでいっても自分よがりな部分が存在し続けるのかもしれない。

でも、自分の経験やセンスや知識などのキャパシティーを広げていくことで、相手とのかなり類似したニュアンスを多く生むことが出来、その結果、本来の意味でのアートではないデザインが出来るのではないかと思う。

つまり、相手を理解できるんじゃないかと思う。




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  by ecru-societe | 2011-09-19 12:14 | 日記 | Trackback | Comments(0)

シリーズ うちの次男

いつも次男のサッカーを見に行くと、思いやりとお節介の境だったり、愛の難しさを考えさせられる。

今日は久しぶりに次男のサッカーの試合を見に行った。
(あまりに寒くて、風邪をひいてしまった。。。)


長年、次男のサッカーに関することを見てきて、自分なりに理解しようと色々考えて、昔よりはちょっとはリアルに理解できて、その結果、僕は次男のサッカーを見に行かなくなった。
いや、見に行く必要がなくなったと言った方が、正しいかな?(笑)

だけど、今日、見に行くと、やはりまた同じことを考えさせられる。


そもそもコミュニケーションとは、共通の認識を高める事で、互いに理解しあうために行うんだと僕は思う。
でも人には想いがあって、その想いが愛だって錯覚してしまうくせがある。
また自分の潜在的な願望には自分では気付けず、顕在化している希望を相手に伝えることで、相手はそれを願望と勘違いして熱心にそのことに取組んだりする。
これで出来た行き違いによって、ネガティブな感情だったり、怒りだったりが発生し、連鎖するのを何度も見た。

そのことで言葉や表現、つまりコミュニケーションを建設的ではないことに利用してしまったり、むしろ破壊的な表現になったり。。。


次男のサッカーを見てて思うことは・・・
「サッカー」という言葉の定義の不一致みたいなことがたくさん存在している事だ。
僕はいつも次男の見方で、次男の言う「サッカー」が実現できて、それで次男が満足していれば、それでいいと思っている。
僕にとって、そのことが次男の見方って意味でもある。

そして何も手を加えなくても次男の言う「サッカー」は、実現してて、僕が手伝う事は何もないって僕の中で認識(理解)されているから、だからそのことが次男のサッカーを見に行かなくなった原因だ。
つまり、既に満たされている。


僕が理解している次男の言う「サッカー」とは、
それはヒカリやこうちゃんやまっちゃん、りんりんやよしき達、みんなでボールを追っかける事だって理解している。

次男はみんなとボールを追っかける事が大好きで、それ以外のことは本当は切望していないって理解している。

もちろん、今よりうまくなりたいと思ってるのは事実だろう。
でも、サッカーが好きって意味の原点は、そこにあるんだと思う。
だから、例えば監督に指導されて、監督の意図するところへの理解があいまいでも、それを明確にしようとはしない。
「ハイ!」とは返事はするけど、それは反射神経的なものであって「了解しました!」という意味ではない。

監督はきっと「了解しました」って受信している。
そして監督は子供達がした約束を信じ、また監督が考える、子供達がサッカーから感じられる喜びのために誰よりも力を尽くされる。

だから大きく行き違い、、、
愛が落胆を生み、、、


これに似たことが監督や親や子供達の間でたくさんあって・・・

それぞれの「想い」や「理解」や「認識」や「概念」や「温度」や「知識」・・・・・
そんな色んなものの不一致やひらきが、決して解決や結果には至らない、限りなく無駄に近いと感じてしまう事へとつながっているのが、すごく多くの時間が犠牲があるのに残念に思うのはきっと僕だけなんだ。


僕は次男の見方。
次男の想いを実現するためには協力したい。
僕はいつもそれだけ。

誰にどう思われようと、次男の想いが実現できるのなら、それが一番いい(笑)。

  by ecru-societe | 2011-04-24 23:45 | 家族・地域 | Trackback | Comments(3)

手紙



表現と伝わり方

  by ecru-societe | 2011-04-07 12:56 | | Trackback | Comments(0)

シリーズ うちの長男 (感じることと知ること)

b0097729_151175.jpg先日家内が参観日に行ったときの話し。

長男の班が発表の番で、長男以外の班のメンバーの子が発表をしてました。
そしてその子が発表に詰まった時、うちの長男が「それは●●や!」と横から訂正をしたそうです。
その訂正の仕方が家内が思うにすごく厳しい言い方で・・・
家内は『なんて冷たい言い方をするのか!』と感じたそうです。

その話を家内は僕にするのですが、、、
僕は長男が冷たいとは思わないのです。
むしろ、ちゃんとしなきゃ!って焦りを感じるのと、後は日頃の長男を観てるととても冷たいタイプには観えないのです。


ただ、その状況での長男の言葉の選択肢は、もっとたくさんあり・・・
その言葉は最適ではないとは感じました。

ここで考えました。

日頃の長男を信じない(考慮に入れない)で、その時の(もしかしたら正確ではない)感覚のみを信じ、誤解や誤判をする罪と・・・
自分の気持ちを家内に(多くの人に)正確に伝えることができなかった罪と・・・(但しメンバーの子には正確に伝わっている可能性はある)
一体どっちが重いのか?

五分五分かな?
どうかな?

感覚はとても大事で、感覚を否定は全くしないです。
でも、理解もとても大事で・・・
長男を理解していれば、不安定な感覚での判断は避けられるんじゃないか?ってちょっと感じました。

また、長男ももっと人間というものの理解を深めて、家内や父兄に聞こえないように班のメンバーの子にだけ正確なメッセージを出すか、もしくは、家内や父兄が聞いても正確な意図を理解でき、かつ班のメンバーの子にも正確な情報が届く言葉の選択ができるようになるべきだと思います。

  by ecru-societe | 2010-12-10 16:31 | 家族・地域 | Trackback | Comments(0)

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